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影帝楼詩  作者: 谷樹 理


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第十一章

「まるで戦場だよ」

 維縞本社近くの建物についてある階段に、沙深はいた。

 本社は時折、小さな爆発が起き、建物のあちらこちらから黒煙を立ち上らせている。

 銃声は凄まじく、ライフルを持った電影が各道に見られた。

「こっちは、また五名がやられた。ウチのメンバーも、おまえたちが最後だよ」

 疲れ切ったかの彼女だった。

「今、連中が相手しているのは、誰だ?」

 珂露は無表情に、大きな本社の建物を眺めた。

「紅愚一人だよ」

「ヤバいじゃん! 急がないと!」

 瑞稀が焦るように言う。

「……大丈夫か?」

 沙深はナイーブになっているようだった。

 残ったのが珂露と瑞稀では、実質、彼女の組織が壊滅したといっていい。

「当たり前じゃん!」

 ニッコリと笑んだ瑞稀は、沙深に立てた二本の指をにくにくとまげてみせる。

「あたしも行くよ」

「ここにいろ」

 珂露は強めに止めた。

 自嘲する沙深。

「まぁ、あたしが行っても意味ないか」

 二人に本社内部の看取り図を携帯通信機に送ってよこす。

「まだ、孤儀徒はなかにいる」

「わかった」

 二人は社内に駆けだした。

 薄暗いホールのような所で、紅愚は倒れた身体を起こそうとしていた。

「紅愚!?」

 珂露と瑞稀がそこに飛び込んで来た。

「おっせぇなぁ。イカヅチの名が泣くぞ?」

 声は、奥から聴こえてきた。

 狐の仮面を被った男だった。

「……杜戯か。生きてたとはねぇ」

 珂露は足元の影を広げた。

「おっと、まぁ、面白いものやるから、ちょっと遊べ。あとはあとで相手してやるからよ」

 言った杜戯は腕を軽く持ち上げる。

 そこに入れられた龍のタトゥが蠢き、ゆっくりと膨れ上がると、腕から離れて、彼らの前に立ちはだかった。

「何だ、この電影……」

 珂露は渋い顔で息を吐いた。

 杜戯の姿はもうここにはいなかった。

「紅愚!?」

 駆け寄った瑞稀は、彼のそばにしゃがんで顔を覗き込む。

「……ああ。クソ、あいつ普通じゃなかったぞ?」

 悔しさに満ちた声だった。

 何とか立ち上がった紅愚は、ふらふらと珂露を龍の電影から遮るように、腕をだした。

 どうしたのかと、珂露が訝しげていると、そのまま紅愚は手を龍に差し出した。

 龍の電影は、そのまま彼の腕を伝って、身体の中に入っていった。

 侵入したところから、火花のような光が幾つも放たれる。

「紅愚、それは何だ?」

 やや強めの口調になる。

 彼は、油汗を流しながら、ニヤけた。

「ここで、誰彼構わず暴れていた龍だよ」

「そんなものを?」

「黙ってろ……」

 苦痛に顔をゆがめながらも、彼は喜びにも似た感覚を味わっていた。

「これで、俺は……おまえらは先に行ってろ」

「あ、ああ」

 気になったが、珂露は瑞稀を連れて、社長室に向かった。

 最上階にある、広い応接間も兼ねた部屋で、スーツを着た中年の男が小さめのテーブルを前にソファに座りながら、ワイングラスを傾けていた。

「……今頃来たのかね?」

 維縞開発会社社長兼会長の孤儀徒だ。

「一人で晩餐? 寂しそうね」

「そうでもないさ。これは祝い酒でね」

 瑞稀の皮肉に、鷹揚に応じる。

「この状況で、お祝い?」

「ああ、おまえたちとは違うからな」

 孤儀徒はかなり上機嫌だ。

「聞こうかな?」

「……教えてやる。私も晴れて、古楼詫宮の末裔になったのだよ。楼詫宮は復活する。我々はそこで今以上の恩恵を受けることになる」

 言う孤儀徒の下半身からゆっくりと身体が黒く滲んでゆく。

「へぇ、じゃあ、こんなしてもいいのかな?」

 瑞稀はテーブルを彼の方にひっくり返した。

 そのまま身体を脚で抑えて、銃口を額に当てる。

「これでも生きていられる自信ある?」

 瞬間、頭の上まで真っ黒い影になった孤儀徒は、すぐにテーブルとソファの間をすり抜けると、そのまま別の部屋に滑り込んだ。

 刀を持った珂露が追う。

 ドアを開けると、ダブルベッドの置いてあり、窓が開けっ放しになっていた。

 外を覗くが、往来に影が行き来しているだけだった。

 珂露は舌打ちした。

「ありゃん。逃がしちゃった?」

 瑞稀は疲れたような様子で、不満そうに言った。

「まぁ、いいだろう。沙深に連絡だな」

 珂露は冷静だったが、瑞稀の気配は受け取っていた。

 また落ちるな、これは。

 特別に酒でも用意しておくかと、彼は思った。




 雨逆の広場で、電影たちが集まっていた。

 彼らは歓喜の声を上げつつ、中央で踊る男を羨望の目を向けていた。

 杜戯が、祖国への開放を叫びながら、車の上に居たのだ。

「楼託宮は復活する。今までの世界は嘘っぱちだ。見な、君たちは解放されているぞ!」

 彼の声に、群衆が熱狂的に応えた。

 杜戯は満足だった。

 同時に野心にも火が付いている。

 電影の帝国領を広げてゆき、旧世界を再び浮上させるのだ。




 鹿炭にもどった珂露たちは、それぞれすぐに解散した。

 疲れがたまっていたのか、珂露は十二時間もぶっ通しで寝てしまっていた。

 結局、テラスカ壊滅は失敗した。

 羽離流はどう考えているのか?

 瑞稀の具合はどうか。

 珂露は寝起きの頭で色々と思案した。

 ドアがノックされた。

「羽離流ですが」

 返事をする前に名乗られた。

 珂露は寝着にパーカーだけ羽織って、彼女を部屋に迎えた。

 羽離流は気にした様子もなく、ジャケットにシャツ、下はジャージのハーフパンツ姿にサンダルだった。

 皇帝位についたというのに、この恰好である。

 しかも彼女は未だにホテル暮らしだ。

 彼の視線に気づいたとき、羽離流は苦笑した。

「これが一番楽でいいんです」  

 勝手に、ソファに座って、一息つく。

 黙然とした珂露に、彼女は微笑みを向けた。

「残念でしたね、今回は。別に咎めはしません。お疲れ様でした。私のワガママな思い付きに付き合っていただいて、申し訳ない」

 まだ余裕のある様子だった。

 彼女は今まで不利な状況を逆手にとって来た。

 今回も何かあるのではないか。

 珂露はかすかに期待して、次の言葉を待った。

「責任を取ろうと思います」

「責任……?」

 意外な言葉だった。

 羽離流は神妙そうにうなづく。

「皇帝位を降ります」

 珂露は一瞬、頭が真っ白になった。

「は? どういうこと?」

 思わず聞いていた。

 彼女が言う口調は、拾ったものを返す徒でも言いたげな軽いものだったのだ。

「簡単すぎないか、それ?」

「別に。すぐに名乗りてなら現れますから」

 むしろ清々しい羽離流である。

「ところで、いつもの瑞稀は?」

「ああ、いつもの落ちてる状態だ」

 なるほどと、羽離流は呟いた。

 珂露から聞いていたし、実際、呪いを発現させた状態の時の瑞稀にも会ったことはある。

 あれほど、精神的にどん底まで落ちるものなのかと、羽離流は心配したほどだった。

 だが数日もたたないうちに立ち直るので、心配はするが、危機感までにはいっていない。

「にしても、何が原因なんです?」

「原因? トラウマとか?」

「んー、あたしにはちょっと違う気がするんですけどねぇ」

 言われてみれば、考えてみたこともなかった。

 珂露が黙考をはじめたが、羽離流は構ってはいなかった。

「雨逆は完全に電影の街になりました。これ以上の都市に、蔓延させるわけにはいきません。珂露、背後のどこかに絶対、史海がいます。見つけて殺してください」

「サン=フールとテラスカはどうするんだ?」

「もう、立場は違います。少なくとも、テラスカは味方につけておくべきですね」

「そう簡単に行くものなのか?」

「ええ。あたしが皇位を降りれば、そうなりますから。根回しは済んでます」

 簡単だ。

 羽離流の頭の中はどうなっているのだろうか。

 珂露は新しい観察すべき対象を見つけて、軽く唸った。





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