第十章
一向にサン=フールから連絡が来ずに、イライラしだしたのは瑞稀だった。
「もういいわ。あたしたちだけで行く。止めるなら、あたしだけで行く!」
「今日は元気だな、瑞稀」
「うるさいなぁ、あたしはいつも元気でしょ」
「たまにどん底になるのは何だ?」
「たまにそういう時もある」
「行くといわれても、相手の動向が掴めない」
珂露は冷静だった。
「知ったことじゃないよ。行って、撃ってば、ハイおしまいじゃないの?」
聞き耳持たないモードに入っている。
また情緒が不安定になっている。
これからという時だがどうするべきか。呪いに意識が持っていかれなければいいが。
今回の話の件については、休んでもらうか迷ったが、またそれがあとで凹む理由になる可能性がある。
勢いに任せた方が、瑞稀の調子が良いときもある。
判断がしがたい。
ようやく、珂露の携帯通信機が鳴る。沙深だ。
『維縞が動いたよ。我々に懸賞金をかけた。警察も本腰を入れ出した。先制する』
「当然だな」
『マテリア・フレームで本社へ向かう。四輪フレームなんて使ってられない。現地集合だ』
「了解」
やり取りを聞いていた瑞稀が、笑みを浮かべる。
「よぅし……殺るぞ」
「ああ。派手に行こうか」
「もちろん! 本社をクレーターにしてやるよ!」
瑞稀は清々しいまでの残忍な表情をみせた。
流羽雨に伝える労を惜しみ、二人はホテルを出た。
維縞開発会社は、五都市のウチの雨逆市にある。
昼前、街道を二機のマテリア・フレームが走った。
夏が近いのか、日差しが強い。
疾走する四脚に当たる風が気持ちよかった。
流石に疲労を感じ出した二時間後、ようやく、雨逆市が見えてくる。
静かだった。
異様なほどに。
農村地帯をしばらく行くと、どんどんとレンガの建築物が増えてくる。
雨逆はレンガ建築の街としても有名だった。
城壁のない、形ばかりの城門をくぐると、一気に都市内部である。
「……なに、これ?」
瑞稀が半ば驚き、辺りを見渡した。
高いレンガの街並みのいたるところに、まるで通行人そのままの様子で、多数の電影が立ち歩いていた。
彼らは喋っているかのような身振り手振りをするが、声はまったくしない。
「完全にやられたか……」
珂露は息を吐く。
電影の群れは珂露達に驚くことなく行き来しているため、どこか不思議な感覚で目的の維縞本社に向かう。
マテリア・フレームは自動走行で自らのナビに従い、街中を進んでいった。
その足元のレンガ道が、銃声とともに、横一線に砕けて、線を造る。
「……はい、そこまで」
建物の開いたドアの傍に置いてあったベンチに、男が座っていた。
長髪を後ろで縛った痩身だが、小柄。、黒い強化繊維の民族風ロングジャケットに、白いロングTシャツ、革のズボンに編み上げブーツ。
生意気そうな目と、そばかすのある日に焼けた肌の少年だった。
片手にセミオートの拳銃をぶら下げている。
「久しぶりだねー」
「ああ、亥事真かぁ。なっつかしいねぇ」
立ち止まったマテリアフレームからゆっくりと、瑞稀と珂露は降りる。
もう一人、細面で切れ長の目をしたすらりとしたセミロングの髪をした女性が、脇に立っている。大き目の左片袖だけが無いサマーセーターから、細いデニムで右側がショートパンツ並みに短く脚のラインを強調していた。その脚から腕、首筋にかけて、ムカデのタトゥが入っていた。
履いている厚底サンダルで、地面を軽くつつく。
「なんだい、知り合いかい?」
「元イカヅチ・メンバーだねぇ。俺は狩られる側だったけど、結局にげまわってたねぇ」
「へぇ。ちょうどいいじゃん。仇をとりなよ」
「ああ、笹樹慈。そうする」
ニッコリと亥事真は笑った。
いきなり、低い姿勢のまま椅子から駆けだす。
セミオートをぶっ放し、瑞稀と珂露を逆方向に跳ばすと、腰から新しい拳銃を抜く。
瑞稀も着地したときには両手に拳銃を握っていた。
「こちらもやろうかね、お兄さん」
明らかに二十前後の笹樹慈は、その場で影を扇状に三枚、広げた。
電影は本物と違い、暗さがまるで漆黒のようだ。
「まぁ、そう急かすなよ?」
瑞稀の援護は無理だと思った珂露は、無言で影を二枚、スライドさせる。
同時に、刀の鞘を左手に持って柄に手を添えて笹樹慈を睨む。
「おやまぁ、大仰なものを持ってるねぇ」
彼女は笑った。
銃声が彼らの脇で連発している。
狙っては、払われ、組まれ、隙をみて引き金を引き、また払われという、格闘を素早い動きで、瑞稀と亥事真は繰り広げていた。
「あたしも、ちょっとみせようか?」
一枚の電影が立ち上がると、その片手には拳銃が握られていた。
珂露は銃拳師の影かと、落ち着いてその射線を図る。
「お姉さん、慣れないものもっちゃ、怪我するよ?」
珂露がじぐざぐに動きながら走り込む。
電影は弾丸を二発放ったが、当たらないまま、珂露が迫る。
彼が持つ一枚の電影が接触すると、互いの体に光がヒビのように走り、小さな発火が連続した。
互いが干渉し合い、破壊しようとしているのだ。
間合いに入った時、眼前にもう一枚の電影が立ちふさがる。
構わず、鞘から引き抜くとそのまま横薙ぎに、電影と笹樹慈を振り斬る。
電影は上下真っ二つになり、笹樹慈は脇腹をえぐられていた。
彼女が痛みと衝撃に身体を折ると、珂露は肩口から袈裟懸けに斬りつけた。
笹樹慈はそのまま自分の血だまりに倒れた。
瑞稀に振り向くと、亥事真と必死に拳銃を振り合っている途中だった。
「ん?」
同時に気づいたが、干渉して細かい部位から破壊している二枚の電影はそのままだった。
本人の笹樹慈が死んだというのにである。
そして、辺りの往来にいた電影たちが歩を止め、こちらに向いていた。
「……おいおい、マジかよ……」
刀を右手にぶら下げて、珂露は硬い笑いを浮かべた。
顔面に向けられた右の拳銃を一歩踏み込んで左に交わし、瑞稀はカウンターを入れるように、相手の顔面と腹部に銃口を突き付ける。
足を一歩後ろに出し、腰を回転させて半身にする。腹部の銃身をそらす。亥事真は目の前の拳銃を右手で弾き払った。
身体が開いた瞬間、至近距離からの蹴りを入れる。
瑞稀は後ろに吹き飛ばされて、危うく倒れかけた。
「…ああ?」
急に亥事真は苛立った声を出した。
すぐに立ち上がった瑞稀に対して、乱雑に連射して動けないようにする。
彼は舌打ちした。
「やってくれるじゃないか……」
憎々し気に、二人に目をやると、亥事真は一瞬で路地に入り、姿を消した。
「逃げやがった……」
瑞稀は悔しそうに、唾を吐いて身体を軽く反った。
「あー、それ以前に、これだよ」
距離を窺いつつ、彼らを囲みつつある電影を、刀を手にぶら下げた珂露は面倒くさそうに見渡した。
『何してる、本社に来い! ぶち殺されたいか!』
携帯通信機から強制介入で沙深の声が響く。
「あー、分かった。すぐ行くわ」
何でもないことのように、珂露は言った。
「待ってよ、珂露。この電影たち、もしかしたら元々雨逆に住んでる人だったんじゃ……」
「ありえない。人間が電影になることはない。つまり、こいつらはただの暇な電影だ」
言って、珂露は刀を構え、真っすぐか駆け出した。
納得がいまいちだったが、瑞稀も続く。
刀を振り回し、囲んでいた電影に斬りかかると彼らは恐れおののくようにして、散っていった。
「ほら、ただの野次馬だ」
珂露は鼻を鳴らして、マテリア・フレームのところまで戻った。
二人は四脚に跨ると、本社目指して走りだした。




