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episode5 君とみるFire Flower

 「はい拍手。」

担任に促されるまま、僕達は拍手をした。

この既視感の理由が知りたい。俺はこの光景を見たことがある。直感でそう感じる。

初めましてという感情がどういう訳だか沸かないのだ。

「とりあえず机増やしてみたから、みんな出席番号順に席を変えてください。茅ヶ崎さんは、立花くんの後ろの席、彼が立花くんね。」

担任がテキパキと指示を出しながら、俺を指して説明した。

この展開にも、やはり身に覚えがある。

 「あ、あの、よろしく茅ヶ崎さん。」

俺が振り返りそう言うと、彼女は黒髪を耳にかけ、

「よろしくね、立花くん」と呟いた。

少し大人びた女性のような仕草にも見に覚えがあるような、不思議な感じがした。

「もしかして昔、ここ住んでた?」

「ううん、私東の方から来たから。この町には初めて来たよ。」

「そっか、なんかごめんな、変なこと聞いて。」

「ううん、改めて短い期間だけどよろしくお願いします。」

「あぁ、立花ついでに彼女のこと校内案内してやってくれ。」

「はい、わかりました。」

「お昼休みにでもお願いね。」

 昼休み担任から頼まれた校舎案内を切り出す為、女子生徒が群がる中心にいる茅ケ崎に声をかけた。

「茅ヶ崎さん、ちょっといい?俺昼休みに校舎の案内するように担任に言われてんだけど、これからどう?」

ちらりと後ろの席を見ると、茅ヶ崎は貼り付けたような笑顔で周りの対応をしていたようでこれ幸いと立ち上がり周囲に「ごめんね」と挨拶をして俺の隣に並んだ。

「ごめんね。先生のが突然指名するから…。学校なんてどこも同じつくりなのに。」

黒髪を爽やかにたなびかせ、俺の目の前に立った。

「まぁ、でもうちは部室棟とか色々あるからな」

「そっか、じゃあよろしくお願いします。」

茅ヶ崎は人懐っこい微笑みを浮かべ、俺にぺこりと頭を下げた。

 「こっちが理科室で、奥が準備室。理科室はたまに社会科で映像見るのに使ったりもする。次こっち部室棟、渡り廊下は風強いから気をつけて。」

転入生に説明しながら隣の棟へ向かう。

「下の1階は運動部、2階のここは文化部、3階は放送部と生徒会室と、今は廃部の天文学部の部室がある。」

「立花くんは何部なの?」

少し後ろを歩いていた茅ヶ崎にそう問われた。

唐突な質問だったが、やはり何故だか俺はそう聞かれるような気がしていて即答した。

「俺は帰宅部。」

「それはいつの時期からなの?」

「中学まではサッカー部だったんだけど、高校の練習見て辞めたからまぁ3年までずっとって感じ。」

「そうなんだぁ。寂しくな?なんだか、運動部員たちって団結力とか強いイメージだったから…。そんなスパッと辞めちゃうと寂しくならないのかなって。」

「まぁ色々あったんだ。」

「そっか。もう三年生だけど、面白い部活あったら入る?」

「いや、今更参加できる部活なんてないだろ。」

「案ずるより産むが易しって言葉もあるよ。」

茅ヶ崎が空を仰いだ。

この上には…廃部になった天文部がある。やっぱりだ俺はこの後茅ヶ崎を天文部へ案内する。

「もしかして天文部興味ある?」

「うん、実はちょっとだけ。いや、嘘、大分興味ある。」

「いいよ、案内するよ。」

それが自然流れだとなぜか直感的にそう感じ、階段を上り放送部の部室をすり抜けた奥の突き当りにある天文学部の部室を開けた。

入り口付近にある電気を付け、茅ヶ崎を部室へ誘導した。

茅ヶ崎は廃部になった天文部に一歩踏み出し室内を見回すと、長い黒髪を風にたなびかせて振り向いた。

「手慣れてるね。もしかしてここで授業サボったりしてる?」

「はは、まぁ当たらずとも遠からずってとこかな。」

茅ヶ崎の探りをのらりくらりとかわした。聞かれるんじゃないかって第六感で感じていたから、答えるのまでに数秒もかからなかった。それに実際何度か昼寝場所に拝借したから。

 少し埃っぽい部室の匂いに顔をしかめ、俺はカーテンと窓を開けた。

「えーっと、茅ヶ崎さん?」

「茅ヶ崎でも琴美でも自由に呼んで。」

 そう言うと茅ヶ崎は、まだ埃っぽさが残る天文部の中を歩きだした。

「じゃあ遠慮なく、茅ケ崎。天文部は一応廃部中なんだけど、もしかして興味あるの?」

俺は部室を見回し、天体望遠鏡を覗き込みながら茅ヶ崎に問いかけた。

「うん。私、夏の星座が好きなんだよね。知ってる?夏の大三角形。」

「あぁ聞いたことはあるくらいかな。アルタイルとベガとデネブだろ?」

昔、カオリから聞いた星座知識だったが、何故だかそれよりも最近に聞いた覚えがあった。

「そう!正解。デネブ、ベガ、アルタイル。夏の大三角が大好きなんだ。」

茅ヶ崎は教室の天井に向けて三角形を描くみたいに指を動かし、望遠鏡を覗き込む。

 「ちなみに、この学校は何人いたら正式な部活動として認められるの?」

「えっと、確か5人の部員と1人の顧問を見つけたらいいはず…。」

俺は曖昧な記憶を元にそう説明した。

「ふーん…。じゃあその部員数が達しなくてここは廃部になっちゃったんだね。」

茅ヶ崎は近くにあった天体模型を手に取り、呟いた。

「去年の3年生が引退してから、廃部になったんだよな。確か。」

 少し埃をかぶった地球儀を回しながら、俺はうろ覚えに言った。

「立花君は、星見るの好き?」

「天体観測したのなんて小学6年生の林間学校の時くらいだな。冬の大三角形観たんだよ。ほらあの、シリウス…」

「シリウス、プロキオン、ベテルギウス。」

「そう、それ。それ見た以来だな。」

「夏の星も綺麗だよ。」

窓を開けた茅ヶ崎が真昼の空を眺めながら三角形の線をなぞる。

『キーンコーンカーンコーン』

タイミングが良く予鈴が鳴る。

「予鈴鳴ったな。戻ろうか。」

俺は茅ヶ崎にそう声をかけ、慌てて教室へと戻った。

茅ヶ崎ってなんか不思議だけど、どこか懐かしい雰囲気の奴だと、俺は心の中でそう呟いた。

 「今日はここまで。明日は小テストするから絶対忘れんなよー。」

ホームルームが終わり、部活に行く連中はそそくさと荷物を持って教室から離れていく。

帰宅部の俺には無縁な話だ。

ゆっくりと荷物をまとめていると、後ろの席から背中を定規で突かれる感覚があり、振り返った。

「どうしたの。」

「3人見つけたよ。」

「何が?」

「天文部の部員」

「…いや嬉しそうに三本指立ててるけど、俺全然何のことかわかってないんだけど?」 

俺の問いに茅ヶ崎は少し身を屈めて、ぽつりぽつりと呟く。

「天文部、作ってみたいんだよね。それでちょっと裏技使ってみたの。」

「裏技?ってかみんな受験勉強とかでそれどころじゃないんじゃねぇの?」

「AO推薦で他に行く人とか、内部進学で余裕がある人、まだ受験を控えてない人を中心に選んで声かけてみたの。」

「は?いつそんなタイミングが合ったんだよ。」

「ふふ、それは内緒。」

確かにうちは付属高校なのである程度の成績があればそのまま大学にも進学できる。

後ろに気配を感じ、振り向くとにやりと微笑む幼馴染が立っていた。

「あっ、お前もしかして…」

「掛け持ちでいいって言うしほぼ幽霊部員になるけど、一応春高バレーでうちら3年は引退したんだから。」

「なんだよそのしてやったり顔は。」

俺とカオリで睨み合いになる。

「あとは、帰宅部の水無月さんと、書道部の田中くんが掛け持ちで入ってくれるし、副担任の佐藤先生にお願いしたらOK。元々去年まで顧問やってらしたんですってね。」

俺は転入生、茅ヶ崎の根回しと人材収集能力に舌を巻いた。

あれよあれよと部活動申請書に名前を書かされ、それを持った茅ヶ崎とカオリが生徒会長を捕まえに行ったので、仕方なく天文部の部室へと向かった。

帰宅部の水無月さんに身に覚えがなかったが、部室に着くと水無月さんであろうショートカットの女の子が部室の掃除をしていた。

「あ、あの、君が水無月さん?」

俺が問いかけると小さくこくんと頷いた。

「掃除、手伝うよ。」

そう言って彼女の足元にあるバケツにかかった雑巾を手に取るときに、上履きの色を見て驚いた。

「えっ?1年生?」

思わずそう声に出してしまったようで、水無月さんは少しびっくりした顔で俺を見て、

「はい、立花先輩ですよね?えっと、琴美先輩に休憩時間の自販機前で声を掛けられて…。興味があったので入ることにしました。よ、よろしくお願いします。」

小さくなってお辞儀する水無月さん改め後輩の水無月に戸惑いながら会釈を交わし、掃除を始めた。

俺が窓を拭いている頃、扉が開く音がして振り返ると、高身長の男子学生が暖簾をくぐるかのごとく扉をくぐって入ってきた。

書道部の田中って、隣のクラスのイケメンかよ。

俺と水無月さんが驚いて手を止めると、この雰囲気を察知した田中が、

「天文学部の部室ってここ?」

と確認する様に俺に聞いてきた。

「嗚呼、ここだけど。お前、書道家の家系の書道部一筋の田中じゃねぇの?」

俺は、よく女子から流れてくる噂話通りの印象をそのままぶつけた。

「秋の展示会まで暇だって言ったら、廃部した天文部再建するから高校最後の思い出に入ってみないかって誘われたんだよ。あぁ、お構いなく。僕はここに座ってるから。」

長机に鞄を置き、パイプ椅子に座る田中を見ながら、俺は茅ヶ崎の度胸と勢いに改めて感心した。

再び窓ガラスに向き直り、窓を拭いてると後ろから田中の「1年生?」という驚く声が聞こえた。

俺もそう思ったよ田中。奇遇だな。


 「あれ、もうみんな集まってる。」

のんきなカオリの声が聞こえてきて振り返ると、部活申請承認のハンコが押された申請書を持った茅ヶ崎とカオリが部室の扉から顔を出して部室を見回していた。

「早く入って来いよ。もう掃除も終わって、ただただ雑談してたんだからな。」

「ちょっと陸人怒りすぎだし!掃除はありがとうだけど、私達だって遊んでたわけじゃないんだからね?」

「じゃあ何してたんだよ。」

むっとしたカオリが俺の向かい側、水無月の隣に座った。

「じゃーん、生徒会長の判子もらってきましたー。」

茅ヶ崎がみんなに見えるように掲げた申請書にはきっちり生徒会長のハンコが押されていた。

「正式に提出するのは明日だけど。そう、部長は立花くんね。」

「はぁ?なんで俺?そんなこと聞いてねぇぞ。」

俺が目を丸くして立ち上がると、茅ヶ崎が両手を広げた。

「…落ち着いて。とりあえず部室はここ、顧問は佐藤先生。部員は今いるみんなです。」

困ったように眉を下げ、みんなを見回す。

「とりあえず、挨拶しましょ。、時計回りで田中くん。」

ぱんっと手を叩き、茅ヶ崎が自己紹介を田中へ促す。

「3年3組、書道部の田中裕理です。秋までは特に展示会も発表会もないので掛け持ちで入りました。よろしく。」

「時計回りってことは次、水無月ちゃんだね。頑張って。」

少し緊張した表情の水無月にカオリが声をかける。

「はい、1年1組の水無月みなみです。先輩に入りたい部活無いなら作るからおいでと誘われ、入りました。終バスまでしか活動できませんが、よろしくお願いいたします。」

「私、今日この学校に転入してきました。茅ケ崎琴美です。みんな自由に呼んでください。部活の出席は絶対ではありませんが、来てくれると嬉しいです。」

「はーい、次3年2組の筒井香里です。元バレー部セッターでしたが、春高バレーで負けちゃって引退したので、セカンドキャリア?みたいな感じで琴美ちゃんに誘われて入りました。まぁ後輩にアドバイス行ったりするからほぼ幽霊部員になるけど、みんなよろしくね。ほら、最後なんだからびしっと締めなさいよ。」

カオリはにこやかに自分の挨拶を終えると、俺を指さし注文をつけた。

「えーっと、アルタイルを知ってるだけで勧誘されて入ることになりました。同じく3年2組の立花陸人です。元々帰宅部だったのでまぁ新しいことできるならちょっといいかなって思ってます。よろしく。」

全員の自己紹介が終わると、茅ヶ崎がホワイトボードを引っ張ってきた。

いやそれ何処から持ってきたんだ。

「じゃあ、活動内容言いますね。まずは、天体の観測。先輩たちが残したこのノートと部屋中にある天体図鑑を元に勉強していきましょう。今は初夏で暗くなるのも遅いけど、暗くなくても観測できる星はあるので、大体18時くらいにはこの天体望遠鏡をもって屋上に行きます。屋上の使用許可も、明日には取り付けてくるから安心してください。大体この時期から夏にかけて見れる星に関してまとめた資料あるから配るね、回していってください。」

俺は茅ヶ崎の用意周到さに圧倒された。

他のみんなも同じようで、驚きながら資料を回し、それぞれ確認し始めた。

ー初夏の天体観察についてー

・金星と木星の大接近(6月上旬)

 日没後の西の低空で、金星と木星が寄り添うように輝く。最接近時には肉眼でもしっかり確認できるほど華やかな光景を観測できる。

・惑星のパレード(6月中旬)

 水星の東方最大離角の前後には、西の低空に水星・木星・金星が並び、そこに三日月も加わりパレードのようなに連なる光景を観測できる。

 

 「こんな資料いつ作ったんだよ。」

田中が不思議そうに茅ヶ崎を見る。全くもって同感だ。席が前後なのに全く資料を作っているような節を感じることはなかった。

「え?判子もらいに行きながらスマホで文章作成して、職員室のコピー機使ってコピーして持ってきました。」

「えっ、そんなことしてたの?全然気づかなかった。」

一緒にいたはずのカオリまでそういうもんだから、みんな驚いた。

「謎に行動力があるのは父に似てるんだそうです。」

少し恥ずかし気に琴美が呟いた。

「まぁとりあえずはこの観測を目指そう。ほらスマホ出して?みんなでグループ作ろう。」

カオリが話を変え、各々ポケットを探りスマホを取り出し、みんなと連絡先を交換し始めた。

数秒後には、天文部のグループチャットの申請が来ていた。お前も仕事早いな。

「えっと…とりあえず今日は、曇りだしこれで解散します。ちなみに部長は立花君、私茅ヶ崎が副部長です。ただ形式的なものなので何かあったら何でも言い合いましょう。」

そうして今日の天文学部の活動はお開きとなった。


 「陸人、帰ろ。」 

「今日は自転車じゃねぇぞ。」

「じゃあバスじゃなくて歩こうよ。健康維持の為にね。」

当たり前のように隣を歩くカオリと歩きながら、帰路に着く。

「茅ヶ崎って不思議だよな。」

「琴美ちゃん?確かに最初はクールビューティだと思ってたら行動力あるし、不思議な求心力あるよね。中学時代の陸人みたい。」

「普通転入初日に部活復活させるか?その発想がすげぇよまじ。」

「いい子だよね、琴美ちゃん。色んな人に分け隔てないし。というか人のパーソナルスペース図るの上手。」

「琴美か…。名は体を表すってあるんだな。」

「ちょっと、私に見ながら言わないでよ。私だって気品あふれる香織、なんだからね」

ぶつぶつと何かを言うカオリを横に、今日の怒涛の一日を振り返る。

茅ヶ崎琴美、転入早々に他クラスや後輩にまで声をかけて廃部だった天文部を建て直した。生まれて初めて見た人種だ。

俺は彼女に間違いなく振り回されている人間だが、それすら不快に感じないあの人間力はどこから来たものなのだろうか。

男女に隔てないコミュニケーション能力と、我を通す力にそれを不快にさせない人柄。人生二週目か?

「ねぇ、陸人ってば聞いてるわけ?」

「んぁ?なんだよ。」

「だから、今年もあるでしょ、緑台の夏祭り。」

「嗚呼、じいちゃんが今年も屋台出すって張り切ってたよ。」

「家族総出で屋台の手伝いするから、最後の花火もどうせ一緒に見てくれる人いないでしょ?」

カオリに図星を付かれた。うちは代々祭りごとになると火が付く家庭で、じいちゃんが発起人となり、両親も駆り出されて屋台をやる。小学五年生からずっとそうで、その時からずっと俺は最後の花火大会をカオリとベンチから見ていた。

「うるせぇ…。図星ついてくんじゃねぇ。」

「ふふっ、毎年のことだよね。今年も居ないんだ?一緒に見てくれる人。」

「別にもう楽しみにもしてねぇよ。家で過ごしててもいいかなって思ってるよ。」

「嘘!だって陸人小さい頃から花火大好きじゃん!花火大会終った後もやりたいっていうから毎年手持ち花火やるくせに。」

そんなやり取りをしていたらあっという間に家に着いた。

俺の家の隣の一軒家がカオリの家でカオリは軽く駆け出し、

「仕方ないから今年も付き合ってやるかー」

と言いいたずらっ子のように微笑んで家に入っていった。

仕方ないってなんだよ。そうぼやきながら、自宅に辿り着いた。

今日は怒涛のように過ぎていった。疲れた。自室にまっすぐ向かい、ベッドに倒れこんだ。サッカー部の練習よりも疲れたかもしれない。瞼が降りてくる。抗うことなく受け入れ、そっと寝落ちした。


 6月中旬なのに寝苦しさで目が覚めた。

時刻は朝7時。ちょうどいい時間だ。目覚まし時計を止めて大きく伸びをした。

今日は、延期になっていた天文学部の天体観測会の日。梅雨のせいで全くできていなかった天体観測会が今日やっとできる。

少なからず楽しみな自分がいることに少し驚きつつ、洗面台へと向かった。

いつもより早く起きた為、気持ちがよくいつもより朝ご飯をゆっくり食べてネクタイも鏡を見ながら結んだ。

「いってきまーす」

祖父母に声をかけて自転車に乗る。

まとわりつくような湿気を振り払うように下り坂を自転車で下っていく。

今日の天気予報は曇りのち晴れ、夕方には晴れる予報だ。

自転車を漕いでバイクに抜かされながらも小高い丘の上にある高校を目指していく。

 「りっちゃんおはよう。今日なんかすっきりした顔。」

教室に着き、席に座るなり後ろから声が飛んできた。

「おお、琴美おはよう。今日なんかいつもより早く起きられたんだよな。」

この数週間、部活以外でも話す機会が多く、茅ケ崎と俺は、りっちゃん、琴美と呼び合う関係になっていた。

「今日英語の小テストですね。」

「…昨日早く寝たから今日早く起きられたわけでさ。つまり、言いたいことわかるよな?」

「予習する前に寝ちゃったと。」

「ちくしょう。すげぇいい目覚めだったのに。代償がでかすぎんだろ…。」

「じゃあ…10分だけノート貸してあげます。」

神の恵みならぬ琴美の恵みで、この後すぐに控えた英語の小テストを乗り切ることが出来た。

小テストの後、俺をからかいに来たカオリにドヤ顔で返せるほどには、いい点を取れた。

俺らは部室が出来てから習慣的に昼ご飯を部室で食べるようになった。

今日も弁当を持って立ち上がった。

「先輩、おはようございます。」

尻すぼみな挨拶が聞こえてきて振り返ると水無月が立っていた。

「水無月、おはよう。購買派だっけ?」

「い、いえ、友達に頼まれてて。」

「そうか。じゃあ、部室でな」

少しの違和感を覚えながら、部室へと階段を登ろうとした時、階段の上から琴美が降りてきた。

「それ本当に友達?」

「琴美?急にどうした」

そう問う俺の言葉をすり抜け、水無月に近付いていく。

「い、いや、実はクラスメイトで話したことない3人組に頼まれて…。断れる空気じゃなくて…。」

水無月は俯きそう答えた。そしたら琴美が水無月の手をパシッと掴み、

「りっちゃん、1年1組の教室ってどこだっけ?」

「おいおい、殴り込みかける気かよ。」

「そんなことしません。平和的解決を望みます。」

貼り付けたような笑顔でそういう琴美の勢いに負け、俺は1年1組まで案内した。

琴美は水無月の手に握られた500円玉3枚を教壇の上にばんっと置き、

「天文部所属、水無月みなみをお使いに出した人、今すぐ出てきてください。」

とにっこり笑った。

上級生に怖気ついたのか,それまで騒がしく笑い声を立てていた1組の女子生徒3名が立ち上がる。

「うちのみなみは購買に用がないそうです。預かってるお金、取りに来て。」

真顔で問いかける琴美の凄みにこっちまで冷や汗をかいた。

「はい…。」

慌てた様子で500円玉を取りに来る女子生徒に何の温度もない声で、

「次からは上級生の指導が入る前に自分たちで気付けるといいですね。」

と言った琴美とただただ隣で驚いた顔をしていいる水無月を引っ張って教室を出た。

「琴美、怖ぇよ…。水無月固まってんぞ。」

「あっごめんなさい、みなちゃん怖かったですか?私も昔上級生にそういうこと言われたことあって…。ああいう芽は調子に乗って伸びる前に摘んだ方がクラス的に見てもいいかなって思ったんですけど…。」

先程とは打って変わっておろおろとする琴美の手を水無月は取り、

「小学生の頃から助けてもらったことなんてなかったから…。本当は先輩みたいに言い返せたらってずっと思ってて…。」

小動物みたいにぽろぽろと涙をこぼす水無月を伊織と慌てて部室まで連れて行った。

飛び込んだ部室には田中とカオリがすでに来ていて、涙を流す水無月に驚きながらも椅子を引いたり、お茶を入れたりと動き始めた。

「嫌なことは嫌でいいんです。あなたが誰かにとっての都合のいい人になる必要なんてないですから。」

「ありがとうございます。先輩。ほんとに、私、嬉しくて…。」

2人が会話している間に田中とカオリに情報を共有する。

「先輩かっこよかったです。毅然としていて、本当に頼もしかったです。」

「先輩なんてそのためにいるんだから。後輩を守ってこその先輩だからね?気を使わないでいくらでも相談しな。せっかく部活も一緒なんだから、ね?」

そう周りを見渡すカオリに俺は頷いてみせた。

「後ろに立つ者の前に居る者としては当然だな。」

「田中くん、難しい言い方しないでー。みなちゃん、せっかく先輩がこんなにいるんだから困ったときは頼っていいんだよ。」

田中を押しのけカオリが水無月に近付き頭を、撫でていた。

俺は田中の肩をそっと叩き、そろそろ昼飯にしようとみんなに声をかけて、各々がパイプ椅子に座って昼食を食べた。


放課後、各々のタイミングで再び部室に戻ってきた。

俺が着いた時には既に琴美とカオリが部室にいて、2人で天体図鑑を見ながら、琴美の天体講義が始まっていた。

「遅かったじゃない。帰宅部兼任の陸人。」

「部活入ったんだから、帰宅部からは自動退部させろよ。」

「正式に部として認められてもう2週間経つんだから、そろそろ部長の貫禄出て来てもよくない?」

「強引に部長にしたの琴美だからな。」

カオリと言い合いをしながら鞄をパイプ椅子に引っ掛け、ドサッと座った。

「2人、とっても仲良しさんですね。」

「お隣さんのよしみで仕方なく、だよ。ほんと私が助けてあげなきゃこの高校の入学だって怪しかったんだから。」

「もう3年以上前のこと掘り起こすなよな。」

「ほんとのことじゃん!陸人のパパとママ、じいじとばあば、それに担任と、学年主任の先生。あんなに大人の人に感謝されたの初めてだったからね。」

俺がこの高校に受かるようにカオリはかなり尽力してくれて、うちの家族含め色んな大人がカオリに感謝したのは本当のことだ。

「あの時のことは散々礼も言ったし、春高バレーも欠かさず応援に行っただろ?」

「また進級は近付いてきてるんだからね。今度は応援じゃ割に合わないよ。」

「私もちょこっと力貸してたり…。」

琴美がにっこりと笑って俺にだけ聞こえる小声でそう呟く。

俺は琴美に手刀で詫びた。

「あれ…何やってんの?そろそろ天体望遠鏡を屋上に運ぶよ?」

扉の前で不思議そうな顔をして立ち尽くしている田中がいた。

「あぁ、そろそろ運ぼうぜ。」

田中と二人で天体望遠鏡を持ち上げ、女子2人は天体記録ノートや方位磁石などの細かなものを持ってきてもらった。

水無月は少し遅れて、部室ではなく屋上に直接来た。

「遅くなってすみません。」

「みなちゃん待ってたよ。今日はいい感じに雲がないから綺麗に見えると思います。水星、木星、金星、月のトロピカルパレード。」

琴美が迎え入れて、天文部の部員が揃った。


 「もうちょっと西です。それでもうちょっと角度上げて。」

その後顧問が活動を見守りに来て、今は琴美の指示で天体望遠鏡をセッティングしている。

「うーん、もうちょっと西です。こっち側にして…。あ、いい。見えた見えた。」

セッティングが終わったのは18時20分を過ぎた頃だった。

「3つの惑星と月が連なってるの見えます。ほらみんなどうぞ」

琴美はセッティングが終わるとさっと場所を開け、ノートに方位と角度をメモし始めた。

望遠鏡の前には田中、水無月、カオリ、顧問が並んでいる。え?佐藤先生?

まぁ、俺は最後でいいやと考えながら、琴美がノートに書きこんでいる内容を見つめた。

「琴美、絵上手いんだな。」

「えっ?あぁ、天体だけ。小さな頃から天体図鑑見続けたから、こういうことだけ書くの得意なんです。それより、りっちゃん見なくていいんです?」

「嗚呼、俺は最後でいいよ。みんな綺麗に見えるって喜んでるな。今日晴れてくれてほんと良かったよな。」

「りっちゃん優しいですね。いっつもみんなを最優先。」

「今見ても後で見ても星の輝きは変わらないだろ?」

『全然違います。星の輝きは何億光年前に輝いた一瞬が、今の私達に届いてるんですよ。」

琴美はそう言うと望遠レンズのついた一眼レフで写真を撮り始めた。

このカメラは佐藤先生の自腹で買ったもので、使用許可が下りているのは使い方をなぜか熟知している副部長である琴美だけだった。

琴美の後を付いていき隣から覗き込む。

「写真と動画も取ってんの?」

「うん、もしかしたら文化祭で使えるかもでしょ?」

「確かに…。てかこっちでもよく見えるな。」

俺は琴美の手元にある望遠レンズ付きの一眼レフカメラを覗き込んだ。

「えっ、あ、う、うん。望遠レンズ使ってますから。」

なぜかしどろもどろになった琴美に疑問を抱き顔を上げると数cm先に琴美の顔があり、慌てて身を引いた。

「おわっ、す、すまん。無意識。」

「ふふ…。望遠鏡空いたみたいです。見てきたらどう?」

琴美は三脚にカメラをセットし直して、俺を望遠鏡の方へと押し進めた。

「おぉ…。」

肉眼とも写真レンズとも違った見え方に思わず感嘆の声が漏れた。

「ね?凄いでしょ。超楽しいよね。天体観測」

「カオリが見つけたみたいになってるけど、角度とか調整したの俺と琴美だからな。」

「そんなことわかってるわよ。でもこの感動はみんなで分け合いたいじゃない。ほらみなちゃんまた見てご覧!」

終始カオリはハイテンションで、ぐるぐると何度も何度も交代交代でこの惑星のパレードを見ることなった。

 

 夏の音が聞こえてくる7月上旬。やっと夏服が解禁になりワイシャツの腹筋あたりの生地を掴み、パタパタと仰いでいると後ろから『うぃーん』という音と共に生ぬるい風が背中を撫でた。

驚いて振り向くと、いたずらっ子のような微笑みで琴美がこちらを見ていた。

「おはよう。やっと夏服に慣れてきましたね。はい、ハンディーファン。貸してあげますよ。」

「何このミニ型扇風機。」

「だから、ハンディーファンです。無いよりマシでしょ?」

半ば押し付けられるような形でハンディファンを受け取った。 

「じゃあホームルーム始まるまで借りとく」

俺がそういうと満足そうに頷いて、伊織は予習に戻った。

「それなんの予習?」

「英語です。明日からテスト本番ですし、山を張って出そうなところ予習してるんです。」

「へぇ、真面目さんだなぁ。」

「真面目は母譲りなんですって。」

「へー、そうなんだ。あ、カオリおはよ」

2人で雑談してると教室にカオリが駆け込んできた。

「もー、寝坊したぁ!隣なんだから起こしてくれてもいいじゃんよー。」

「カオリが俺より遅く起きるなんて思ってねぇから気付かなかったんだよ。」

「昨日、夜遅くに月の観測してたら寝坊しちゃったのー。」

「へー、部活動に積極的で、次の日遅刻は本末転倒じゃね?」

「うるさいなぁ…。遅刻じゃないし、ギリギリセーフ!」

むくれるカオリをからかいながら、ホームルームの時間を待った。


 いつの間にか昼休憩は部室で食べることが習慣化していた。

いつも通り弁当袋を携えて渡り廊下を歩き、天文学部の部室を目指す。

「あれ、琴美だけ?他のみんなはどうしたんだ。」

俺は定位置に座る琴美の向かい側に座った。

「なんだっけ、伝説のメロンパン?をみなちゃんが食べたことないとかで、買いに行くの手伝うって3人で出ていかれました。何なんですか?伝説のメロンパンって」

「あぁ、メロンパンの移動販売車が月2回だけ来てくれるんだよ。ただ月2回な上に数量限定だから争奪戦になるし、水無月1人だと押しつぶされて終わりだろうな。」

俺は笑いながら弁当を広げた。

「焼きそばパンって炭水化物に炭水化物だよな」

俺が琴美の昼食を見つめながらついつい独り言がこぼれ出てしまった。

「エネルギーを沢山摂取してるんです。効率的に。」

「他の栄養素全て置き去りじゃねぇか。焼きそばのキャベツに野菜の栄養素背負わせんな、荷が重すぎるぞ。」

「そう言えば、廊下に貼り紙が貼ってあったんですけど、花火大会…?もうすぐみたいですね。」

「花火大会?あぁ、もうそんな時期か…すっかり忘れてたなぁ。」 

「何ですか?その苦虫嚙み潰したような、変な顔。」

俺の顔を見て真似するかのように眉間にしわを寄せてピクピクと痙攣させている。

「いや、うちの家族祭りになると気合が入ってじいちゃんばあちゃんと両親が張り切って出店を出すから。いつも1人なんだよなぁ」

「そうなんだ。詳しいんですね。よかったら、一緒に行きません?」

「あぁ、それなら…。」

「お待たせー。見て3つも変えちゃった」

俺の言葉を遮って、カオリたちが部室のドアを大きく音を立てて開き、購買で買ってきたであろうメロンパンを机の上に並べて見せた。

「田中君は甘いの苦手なんだってー。だから残りの1つ2人でシェアしたらどう?私はねぇ、このピスタチオで、みなちゃんがストロベリーなんだよね。それで余りが夕張メロンなの。めちゃくちゃ正統派でいいでしょ?2人で分けて食べて。」

そういうとカオリは俺に夕張メロンパンを渡して、各々手に取ったパンに噛り付いていく。

どうやら今日弁当を食べているのは、田中と俺だけのようだった。

女子群がパンを食べる中、俺たちは、茶色一色の母親特性スタミナ弁当を食していく。

「あ、そういえば今年の手持ち花火はもう激安の王道ショップで買ってきたから、あとで半額ね。」

「なんだ、あれ今年もやるのか。」

「当たり前でしょ?受験生とか関係ないからね。」

「まぁ、花火選びの手間を買って出てくれたのは感謝するよ。」

そんな雑談を部室に響かせながら、昼ご飯を食べる。

「みなちゃんは誰かと行くの?来週の花火大会。」

気を利かせたカオリが水無月に話題を振る。

「はい、行きますよ。中学の頃の友達に誘われてて、せっかくなら浴衣きて見に行こうかななんて気合入れちゃってます。」

水無月は照れ臭そうに微笑みながら、浴衣姿の写真をスマートフォンで見せてくれた。

「紫陽花かな。とっても素敵ね。」

「そうなんです!茎をイメージして若草色にで、帯留めもブルーにしてみたんです。」

琴美に褒められた時の顔がまさに忠犬ハチ公で、見えないはずの尻尾と犬耳が見えた。

「田中くんは?」

「僕は自分ちの庭から見えるからわざわざ人混みに突っ込みにいかないって感じだな。」

せっかく琴美が話を振ったのに、やはり少々鼻につく言い回しの田中だ。

ただ最近はそんな田中の言い回しが癖になり、好きになっている自分もいる。

それからは、貰った夕張メロンパンを琴美と分けながら、それぞれ夏休みの予定と、天文学部の課外活動について話し合った。

 『キーンコーンカーンコーン』

終礼が終わり、僕はゆっくりと帰り支度をしていた。

「先、部室言ってるからねー。」

「ったく、カオリの奴、教室に響くような大声で言わなくても聞こえてるっつーの。それと、後ろで笑ってるの聞こえてるからな琴美。」

俺が振り返らずにそう言うと、琴美はふふっと笑って、

「ふふ、ごめんね。」

と茶目っ気たっぷりに言う。

「琴美はもう行かねぇの?」

そう言い振り返ると、琴美は後ろにおらず、教室のカーテンを一つ一つ丁寧に閉めながら、一言呟いた。

「ねぇ、私と一緒に花火大会に行かない?」

どこか遠くを見る伊織の視線とは絡まらない俺の視線。

「あぁ、その事なんだけど、いつもカオリと見に行ってて。それで今年もカオリといくことになってて。よかったら3人で行く?」

俺がそういうと琴美はそっと目線を合わせ、

「あー…ふふっ、冗談冗談。私浴衣とか持ってないの。それに花火の音とかも苦手で…。」

そう言って笑って見せた。

「でも綺麗だし、子供の頃は苦手でも、大人になったらさ」

「ううん!ほんとにいいの!二人で楽しんできて。」

「そっか。そろそろ部室…行くか。」

「そうね、みんな待ってるだろうし。次の野外活動の日付決めましょう。夏休みになっちゃうけど1日くらいなら大丈夫かな。」

俺達は何となくぎこちない雰囲気で話しながら教室を出て、部室棟へと向かった。

結局その日は、前回の南十字星の観測についての記録と話し合い、8月10日の夏の大三角形を見る野外活動の申請書と日時の確認をして解散となった。


 7月27日、花火大会当日。

祖父と父はお昼からテントの設営や鉄板の準備などで出払い、祖母と母がキッチンで食材を準備しているのを感じながら背を向けて、ソファーに横になり、テレビをごろ寝しながら見る。

「陸人、あなた今年も縁日始まってから来るのよね?」

「あぁ、カオリが浴衣着るらしいから、その着付けが終わってから自転車で行くよ。」

「あぁ、お義母さんそれは向こうで混ぜるそうなので、カットした野菜だけ混ぜで5人前ずつに分けて入れましょう。」

母はテキパキと俺と祖母に指示を出しながら、にんじんを短冊切りにしていく。

「陸人もぼーっとしてるなら手伝ってよ。そこの段ボールにラムネ瓶入ってるからガレージに4箱持って行って。あぁクーラーボックス2つもその箱の横に置いておくのよ。お父さんの声聞こえたら冷凍庫から6kgの氷出して渡してあげてね。」

母の勢いに負かされて渋々ソファーから立ち上がり、段ボールをガレージの扉前に積んでいく。

「重っ…。」

段ボールを3回に分けて運び、空のクーラボックスを2つ肩にかけて段ボールの横にそっと置く。

「おう、手伝ってくれとんのか」

クーラーボックスを置くと同時にガレージに続く扉が開き、父が顔を出した。

母の指示通り、父がラムネ瓶の段ボールをミニバンの後ろに積んでいる間に冷凍庫から氷を6kg抱きかかえて戻り、クーラーボックスに押し込んだ。

「母さん、野菜の準備はできた?」

父がガレージから声を張り上げる。

そうすると奥のキッチンからパタパタと急ぐ足音が聞こえ、祖母が山のような野菜を小分けにした袋を抱えて持ってきた。

俺はも一つの殻のクーラーボックスを開けて野菜入りのポリ袋を詰め込んだ。

「陸人、お前今年もカオリと一緒に回るのか?」

「まぁ、そんなとこ。」

「こっちは例年通り出店で忙しいからな。楽しめよ縁日。」

父はクーラーボックスを持ってミニバンへと乗り込んだ。

楽しめって言われてもな…例年通りだし。


 午後7時、家を出て近くの公園へ自転車で向かう。

いつもの待ち合わせ場所だ。

「おーい。遅いぞ」

「カオリが浴衣着るのもたつくと思ってたんだよ。早く後ろ乗れ。」

「やったー、これで下駄で歩かなくて済む」

カオリが自転車の後ろに横乗りになり、腰に腕が回った。

俺は力を入れてペダルをこぎ始めた。 

「今年は40周年の花場大会だから千発打ち上げるらしいよ。」

「そんなに打ち上げるなんて費用すげぇかかってそうだな。」

「今年は特別なんだから大掛かりにしたんだろうね。」

「じゃあ1時間くらい花火大会やるのか?」

「そうみたいよ。有料で観覧できる観覧席売ってるみたいだけど、いつもの場所でいいよね?」

「あぁ、あそこなら早くいけば空いてるしゆっくり見れるからな。」

慎重に自転車を漕ぎながら坂道を下っていく。

せっかくならみんなであの場所を満喫した方が良かったかなぁと琴美の顔が浮かび、

「天文学部皆誘えばよかったかなぁ…。」

と呟いた。

「…鈍感。」 

「ん?なんか言った?」

前を見ながらカオリの方に耳を傾ける。

「…んっ、もう、もっと早く漕げって言ったの!出遅れたらあんず飴買えなくなっちゃうし。」

神社境内に続く石段が見えて来て、屋台の並ぶ通りに到着した。

カオリを下ろし、入り口付近にある自転車置き場に自転車を止める。

「ねぇ、あれってみなちゃんじゃない?」

カオリが見つめる方向を見ると、以前見せてもらった浴衣に身を包んで友達と談笑する水無月がいた。

 「おお、水無月だ。言ってた浴衣じゃん、それに友達と一緒で楽しそうだな。」

「ねっ。楽しそうにしてるし、私達も早く縁日行こっか。」

様々な屋台や出店が並ぶ路面をカオリと2人並んで歩く。

射的やヨーヨーすくい、金魚すくいなど昔ながらのものもあり、子供達がお面をつけて走っていく。

カオリと二人で縁日を見回りながらふと、琴美のことを思い出した。

見に行かないって言ってたけど、本当に来てないのだろうか…。

歩き進んでいくうちにフルーツ飴の屋台が見えて来て、カオリが小走りで近づいていった。

「あっ、あんず飴買いたい。」

いちご飴にぶどう飴、パイナップル飴やみかん飴、定番のりんご飴など、色とりどりの飴を眺めながら、カオリがあんず飴を手に取り購入する。

琴美なら大きなりんご飴を欲するのかもな…。そう思いながらフルーツ飴を眺めているとカオリがくるりと振り返った。

「陸人の家は今年何を出してるの?」

「あぁ、焼きそばの屋台だよ。」

「へぇ、良いね。じゃ後で寄ってみようよ」

「えっ?あぁ、そうだな」

焼きそばの屋台を目指して歩いていると、金魚すくいや射的などの屋台が立ち並びだした。

「ねぇ、金魚すくいあるよ。勝負しようよ、どっちが取れるか。」

「昔やってたなそんなこと。久しぶりにやってみるか。」

各々300円を支払い、ポイを受け取る。懐かしい感触にくるくると回して見せた。

お椀を近づけて、狙いを定める。この小さな金魚なら、脆弱なポイでもすくえるだろう。

斜めの角度でそっと水にポイを刺し入れ、優しい手つきでお椀に金魚をすくい入れる。

カオリの方を見るとすでに失敗しており、ポイには大きな穴が開いていた。

俺のポイはまだ破れてはいない。

同じように小さな金魚に狙いを定めすいすいと泳ぐ金魚の向かう方向へポイを滑らせるように水に潜らせ、金魚をお椀に入れる。

「えっ、凄い破れずに2匹も獲れてるじゃん。」

「兄ちゃん上手だねぇ。」

「2匹だけで十分なんでもう大丈夫です。」

屋台のおじさんにポイを返し、2匹が仲良く入ったビニール袋をカオリに差し出した。

「えっ、良いの?」

「でっかくなるまでちゃんと育てろよ。」

嬉しそうに笑うカオリにそう言い、2人で金魚を眺めた。  

「ねぇ、射的もやろうよ。」

「別にいいけど、荷物が増えても持ってやんねぇからな。」

そのままスライドするように移動して、射的屋に入った。

「1回5発、600円ね。」

射的屋の主人に声を掛けられ、2人でお金を払い、コルクを受け取った。

景品をパッと見たところ有名なゲームから子供向けのぬいぐるみまで様々なものが陳列されていた。

「うーん、当たらない」

カオリが懸命に何かを狙っている。

「何狙ってるんの?」

「あの、あれ…、クジラの置物。」

「あぁ、あれか小さいな。」

 俺は最後のコルクを詰め、引き金を引いた。

『ポンッ』

とコルクが当たり、クジラの置物の横にある金魚のガラス細工がコロンと落ちた。

「わっ!当たった。当たりだよ!」

自分事のように嬉しそうに跳ねるカオリ。

俺は主人から受け取ったガラスをジーパンのポケットにねじ込んだ。

 そこから少し歩いた先に焼きそばの屋台があった。

俺は祖父と父にからかわれるのが嫌で、カオリを1人焼きそばの屋台に行かせて、俺は隣の綿菓子屋を見ていた。

琴美、そういえばたまにおやつとして食べてたなぁ。お土産に1つ買っていこうかな。

そう思い、1つ綿菓子袋を手に取り500円を支払った。


 「ねぇ見て!特盛。300円でおまけしてもらっちゃった。」

検索していると屋台から戻ってきたカオリが、嬉しそうに特盛の焼きそばを見せてきた。

「こんなに食えるの?」

「陸人もいるから平気でしょう。お箸も2膳貰ってきたし。」

「じゃあ、イートスペースで食おうか。」

「うんっ。あれ陸人、綿菓子好きだったっけ?」

大木の下にあるベンチに腰掛け時、カオリが俺の手にある綿菓子の袋を見て不思議そうにつぶやいた。

「ん?あぁ、まぁな。」

「そっか…。じゃ、いただきまーす。」

「いただきます」

今日は花火のせいで天体観測は上手にできないだろうな…。

カオリと焼きそばを分け合いながら、そっと空を見上げた。 

 中学の同級生と合流した私は縁日の屋台を見て歩いていた。

「あっ」

視線の先には立花先輩とカオリ先輩だ。私は挨拶をするべきか少し悩み2人を見つめる。

2人は楽しそうに、屋台で焼きそばを買ってベンチで分け合っていた。

2人の仲が睦まじい雰囲気を察し、私は声をかけるのを諦めて、友達の輪の中に戻った。

「ねぇみなみ、焼きそば買ってみんなでシェアしよ?」

「私イカ焼きも食べたいな。」

「ねぇ広島焼きもありじゃない?」

「じゃあ少しずつ買ってみんなでシェアしよっか。」

友達とバラバラに分かれて屋台に並び、それぞれ焼きそば、イカ焼き広島焼き、そして私はたこ焼きを買って集合場所に戻る。

集合場所に戻る際、綿菓子屋の前を通った。

そういえば琴美先輩はコットンキャンディーのアイスが好きっていってたなぁ。

琴美先輩や田中先輩、立花先輩にカオリ先輩、天文部のみんなで来ても絶対楽しかっただろうな。

来年にはみんな卒業してしまう。今年が最後のチャンスだったのかも…。友達と見て回るのも楽しいけれど、きっと先輩たちと来ても楽しかっただろうな。

もしかして琴美先輩も見に来ているのかな…。

軽く辺りを見回しながら、集合場所へと戻ったのでした。 

 花火大会は7時30分からの為、続々と人が集まってくる。

人混みに流されないように、カオリをかばいながら花火が見やすい展望台の方へと歩く。

地元の人間のみが知っている展望台にいち早く移動した為、まだ展望台には人がいない。花火が見える位置にあるベンチに2人で腰掛けた。

「やっぱここは穴場だね。」

「あぁ、地元民しか知らない場所だしな。」

「でもちょっと早めに来ないと子のベンチは埋まっちゃうんだよね。」

「だから焼きそば半分残してでも移動してきたんだろ?」

「じゃあ、花火大会が始まるまで焼きそば食べて待ってようよ。」

「そうだな。箸くれ。」

カオリから箸を受け取り、やっと半分ほどに減った焼きそばに再び手を付ける。

「んーまっ、やっぱ陸人のじいじ天才だね。」

「作れるの焼きそばだけだってばあちゃんいつも嘆いていたけどな。」

「すき焼き作るのもじいじでしょ?」

「下準備するのはばあちゃんと母さんだからな。不満も言いたくなるんだろう。」

そんな雑談をしながらも、カオリはぺろりと特盛焼きそばを完食した。

「あんず飴は手持ち花火した後にたーべよ」

「まだ入るのかよ…。」

 花火大会開始まであと10分。

俺はベンチに腰掛け何となく辺りを見回した。

不意に反対側の丘にある建物に目が惹かれた。あそこ、学校だよな。

屋上らしき場所から、チカチカと何かが点滅する光が見える。

俺がその方向を注視していると、カオリも不思議がって覗き込んできた。

「何見てんのー?ってあれ学校?なんか光ってるね。」

ー・ー・ ・・・・ ーー・ー ーーー ・・・ ・ ーー ・

 光は不規則にチカチカと光っている。

誰かに何かを誘われているようだ。

不規則な光をぼーっと眺めていると、ぽつりぽつりと何が頭の中を駆け巡る。

何度もやってくる湿りきった6月下旬。

何度も出会い、一緒に部活を立ち上げた謎の転校生。

俺は…俺は…。

そうだ、俺は夏を何度も繰り返していた。

「俺…行かなきゃ。」

俺は急にベンから立ち上がる。

「えっ、り、陸人???」

「ごめん、俺…ずっと気になってる子がいて、きっとあそこにいるから…ごめん行ってくる。」

唖然とするカオリを残して展望台を駆け下り、神社の近くに停めていた自転車に跨って学校を目指し、がむしゃらに自転車を漕いだ。

俺は大切なことを忘れていた。

何度も何度も諦めずに誘ってくれた琴美の言葉を。

なぜだか分からない、でも俺は茅ヶ崎に4回出会い、4回一緒に部を立ち上げ、4回花火に誘われた。

カーテンを引きながら不安げに見つめるあの瞳を俺は思い出したんだ。

遅くなってごめん。俺頑張るから、待ってて欲しい。

俺は学校へと超スピードで、自転車を漕いだ。

 大きな花火が空へ舞い散る風景を私はただ、眺めていた。

花火に比べれば大したことない小さな灯りに最後の希望を託したが、内心はもう諦めている。

それでいいと思っている自分がいる。

大きな花火とは反対に聞こえてくる音は小さく、子供の頃怯えていたのが馬鹿らしく思えてきた。

私の名前は琴美。由来は両親が夏の大三角が大好きだったから。夏の一等星こと座から一文字貰って琴美になった。

だからこそ、夏の大三角形は特別なものなのだった。

 最初は興味本位。会ってみたいなぁって気持ちだけだった。

次はもっと踏み込んで仲良くなりたいと思ったから。そうやって回数を重ねていくにつれ、私は彼に恋をした。きっとこれも母親譲りなのだろう。それでもいい。

一度でも振り向いて欲しかった。

私の気持ちとは裏腹に花火は大盛況で、沢山の花々が

空に咲いては散っていく。

私は花火が大嫌いだ。せっかく地球に届いた星々の瞬きをかき消してしまうノイズだからだ。

それでも、彼と見たかったのはやはり秘めたる恋心なせる技だったのかもしれない。


『ギィィ』

後ろから屋上の扉を開く音がした。

あぁ、もうお迎えが来ちゃったんだね。

私が覚悟を決めて振り向くと、そこには陸人が立っていた。

膝に手をついてゼェゼェと息を吐きながら、その場に立っていた。

「どうして?」

私は思わず口を開いた。

「だって、何度も何度も誘ってくれてただろ? 俺、忘れててごめんな。」

息を整えた陸人が、ゆっくりと私の方へと向かってくる。

「遅くなってごめん。俺、琴美と一緒に花火が見たい。 いいかな?」

そうまっすぐ目を見つめて言う陸人の顔を見て私は無意識に頷いた。

「覚えてたの?」

私は思わずそう呟いた。

そんな私の目の前にしっかりと立ち、陸人は優しく私の肩に手を置いた。

「あぁ、ぼんやりだったけど…今ははっきりした記憶として覚えてる。琴美が転校してくる度に感じてた違和感も、今はどういうわけだか理解している。琴美はこの時間を何度もループしていたんだな。」

「あはは、バレちゃったか…。諦め悪くてごめんね。」

私はそう呟き、気まずさを紛らわせるため近くのベンチに腰掛けた。

 仮設ベンチに腰かける2人。

「そういえば、これ好きだったよな。」

陸人は先程買ったわたあめを琴美に手渡した。

「ありがと、コットンキャンディー好きなこと覚えててくれたんだね。」

可愛らしいクマの絵柄を眺めながら、琴美は優しく微笑む。

「あとこれ、琴美好きみたいだったから。」

陸人は琴美の小さな手のひらに射的で落とした金魚のガラス細工を手に取りそっと乗せた。

「えっ、綺麗!金魚が好きってなんでわかったの?」

「弁当の風呂敷いつも金魚だっただろ?色違で3枚全部金魚だったし。」

そういうと陸人は恥ずかしそうに頬をかく。

琴美は金魚を空の花火に向かって透かすように見つめる。

「ありがとう、すっごく嬉しい。私、これ宝物にするよ。」

溢れんばかりの琴美の笑顔が陸人に降り注ぐ。

「あぁ、そうしてくれ」

陸人は照れ隠しのようにそう呟いて空を仰いだ。

 花火大会は最終局面を迎えている。

陸人の横には嬉しそうにわたあめを食べる琴美がいて、そんな2人の前には大輪の花火が咲き誇っていた。

「事情を深くは聞かない。俺と琴美が学校の屋上にいて、2人で花火を見ている。それだけでいいんだよな?」

「うん。私それが物凄く嬉しいの。それだけなの」

2人の間には名のない空気が流れていた。

言いたい、言わない。聞きたい、聞かない。

そんな2人の空気を優しく包み込むように夜空に咲き誇る大輪の花火。

そんな花火ももうすぐ終わりを迎える。

最後20発の特大花火が打ち上がる。今か今かと皆が待ち望んでいるラストスパートを、2人とも心の中で数えていく。

『ドォンッドォンッドォーンッ…』

パラパラと散っていく最後の大花火を2人は見送った。

 「あのね、私、今日に来れて本当に嬉しいの。本当にずっとずっと、この時が来てほしいって思ってたの。だからね…」

仮設ベンチから立ち上がり、空を見上げる琴美。

「私の名前は夏の一等星こと座のベガから取った琴美。いつかその時が来るまで、覚えてて。」

くるりと振り返り、琴美は小指を突き出した。

その小指を見て陸人は自身の小指を絡ませる。

「約束、絶対よ…。」

ふと見上げた琴美の目尻には一粒の涙が流れていた。

「琴美…。」

声を掛けようと口を開くが言葉が見当たらない陸人に、優しく微笑む琴美。

「私を選んでくれてありがとう。大好きよ。…さようなら。」

目の前が真っ白な光に包まれ、そのまま花火のようにパラパラと散っていった。


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