episode6 君の夏物語
私は夏が大嫌いだ。
これ見よがしに振る雨も、その後やってくる猛暑も大嫌いだ。
海開きも、プール開きも花火大会だって私には関係のない事だった。
私は生まれてからずっと入院と退院を繰り返し、人生のほとんどを病院で過ごしていた。
普通の高校生活も私には存在しない。通信制高校に進学し、パソコンで授業を受ける毎日だ。
そしてここは山梨の奥地、療養環境としてはとても良く、父と母故郷であり母方の祖母が現在も住む土地だ。
父と母は東京で仕事があり、私の世話をしてくれるのは祖母だけだった。
幼い頃は父と母が夏休みや冬休みに来てくれて一緒に蛍や雪を眺めたりもした。
しかし段々と歳を重ねるにつれ、2人は私に会いに来なくなった。
この頃の私には、祖母に迷惑をかけて見捨てられたら、もう一生病院から出ることが出来ないのかもしれないと思って、言いたいことも欲しいものも何もなかった。
中学の頃、私は両親に捨てられたと作文を書いた時、生まれて初めて自分の心の内を殴り書きしたものだったが、読み上げた際に教室の空気が冷めていく感覚を肌で感じた。
両親に送りつけてやろうかと思って机の上に置いていた作文を読んだ祖母は、何も言わずただ粛々と泣くばかりだった。
あの時は何も考えられなかった。私の治療費や入院費、薬代を稼ぐために二馬力で働く両親の心の内を察することが出来なかったのだ。
高校生になってから再び、いつもの病院に入院した。
「今回は検査含めて1ヶ月目安で入院しましょう」
もう幾度も聞かされた入院の説明や病棟でのルールについて欠伸を噛み殺しながら、聞いた。
「いつも通り入院セットはちゃんとしとるねぇ。ばあちゃんもう行くけど大丈夫?」
「平気、なかったら院内のコンビニで調達するし。ほらもうぶどう畑行って」
私は忙しい祖母を病室の外まで見送り、適当に荷物を広げて定位置に置き始めた。
小さな頃からずっと病院とはお友達で、夏に楽しかった思い出なんて一つもなかった。
ある程度荷物を定位置にセットし終え、私はベッドの上に横になった。
花火なんて何が楽しいの?プールなんて何万人の汗が流れ込んでるんだか…。そう悪態をつくことでしか自分を守れなかった。
『コンコンッ』
病室のドアがノックされて、ふと振り返る。
見覚えのある看護師さんがやってきた。
「早速面会したいって方来られてるけど通して平気?」
私に面会に来るなんて、一人しかいない。
「大丈夫です。」
上体を起こしながら、私はそう答えた。
「2週間ぶりだな。ほら、高校生用のテキスト買ってきたぞ」
「田中のおじさん、来てくれたんだ。」
彼は父と母の高校の同級生で、小さな頃から色々と持ってきてくれる唯一の人だ。
「ここ置いとくからな」
おじさんは紙袋に入った高校生用の勉強テキストを近くのテーブルに置いて、ベッド脇にあるパイプ椅子に腰かけた。
「ありがとう。ここ最近は忙しかったんでしょ?」
「嗚呼、東京で書の展示会があってな。少し東京に滞在していた。ご両親元気そうだったぞ。それから、少しは連絡してやれよ。心配してたぞ。」
田中のおじさんはそう言って私のスマートフォンをつついた。
「会いにも来ないくせに…。」
私はスマホをテレビ前に置いてふいっと顔をそらす。
「忙しいんだ。理解してやってくれ。」
田中のおじさんの大きな手が私の頭にそっと乗る。
「いいよもう。何とも思ってない。それより、今年も花火大会に行けないね。」
私はおじさんの手をふいっと払いのけ、ぽつりと呟く。
「嗚呼、最後に行ったのいくつの時だったか…。」
「小学四年生の頃だよ。おじさんが私を肩車して人混みの中一緒に見たんだよ。」
「そうだったな、一時退院の許可取るのに骨が折れたのを覚えてるよ。」
おじさんが当時の写真をスマホで見返しながらそう呟いた。
「人も子供もたくさんいて、空気が悪くて途中で具合悪くなったんだよね。」
「昔はそんなこともなかったんだけどな。あの穴場の観覧スポットは地物と人間しか知らなかったし、俺の実家からも花火は見えていたからな。」
「昔はいいよね、ネット配信者に穴場スポットを晒されることもないし、ってかそもそもネットもあまり普及してなくてさ。生きやすそう。」
少し投げやりにそんな言葉を呟いた。
「昔が気になるか?」
「また昔話聞かせてくれるつもり?」
「いや、追体験してみるか?」
「えっ?…」
その後、田中のおじさんはとある夢物語を話し始めた。
趣味でタイムホールを研究しており、最近タイムワープの装置が完成しつつあるということ。
ある時間軸に今まで存在しなかった人物を投入すると波紋のように影響が広がり未来を変えてしまう恐れがあるため、使用は慎重に行わなければならないこと。
代償として現代の知り合いとの記憶が消える恐れがあるとのこと。
決して未来から来たと言ってはいけないということ。
時間軸のゆがみが生じており、あちらでの1か月はこちらでは1週間であること。
SFのような話を聞きながら、私は天井のライトを見つめていた。
「ただし、琴美がそのまま飛ぶには体に負担がかかりすぎる。向こうに新しい人物を作成し、意識だけを向こうに飛ばして琴美の魂をそこに移す。」
何時もの楽しい絵空事だと思い、天井から視線を戻すと、おじさんは真剣な顔でノートを広げてこちらを見つめていた。
「本当にそんなことが出来るなら、会ってみたいな…。高校生時代のお父さん、お母さん、それに田中のおじさんも。」
「どうした?ノートをそんなにじっくり見て。気になるならお試しで一度飛んでみるか?確かあの時期、転入してきた女の子がいたな。彼女の体を借りようか。」
あれよあれよと話が進み、私はコンピューターへ意識を飛ばし、23年前の山梨県へと飛んできた。
それからは、唯一事情を知る田中のおじさんの家に身を寄せ、学校に通った。
バスに乗って学校に行けるだけでこんなに楽しいものなのかと私は心から驚いた。
転入前日に田中のおじさんと相談して決めたことは、私がやってみたかったことを試してみるということ。
私は生まれて一度も部活動に勤しんだことがなかった。
いつも病室から見える星空を1人で観察して楽しんでいたのだ。
「天文学部、やってみたい」
私のその発言に、田中のおじさんは現在ある部の種類と、現在部活動に勤しんでいないものの勧誘や、校内の案内図まで見せてくれて、説明を受けた。
またスムーズに部活を立ち上げる方法として、部員の必要人数や顧問の選定、部室の場所に、休憩時間中に効率よく仲間を探す方法や、学校の拘束について詳しく教えてもらった。
最初は2人の青春を見ているだけで楽しかった。
もうずいぶんと顔を見ていない父と母の若かりし頃の初々しいやり取りに微笑んだり、若かりし頃の田中のおじさんとアイコンタクトを取ったりもした。
それでも段々、若かりし頃の父に憧れのような不思議な感情を抱き始めた。
田中のおじさんは言う、未来に影響を及ぼすような過去改変はいけないと。
それでも戻るにつれ、私は若かりし頃の父に特別な感情を持つ感情が私の中に流れ込んできた。
会いたい、話をしたい。前後の席でひっそりと手紙を交換したり、2人で天文部の活動内容を話し合うだけでもただただ楽しかったのだ。
それでも最後、私を選んで来れることはなかった。
どれだけ親しくなっても父さんの心には母がいた。
とても良いはずのことなのに、私の心はどうしても晴れやかにならなかった。
「これ以上は君の進退に影響を及ぼす。今日で最後にしよう。」
田中のおじさんに言われたのはたったその一言だった。
「うん、わかった」
私はおじさんの言葉にまっすぐ頷いた。
なぜなら人生で一度きりの夏休みをもうすでに3回も追体験させてもらっているからだ。
こくりと頷き、おじさんの手を握った。
「最後は堂々と1人でも花火を見るよ。心配しないで。」
私はおじさんに開始を促し、そっと目を閉じた。
今回の私も少し不思議な雰囲気を漂わせる転校生ポジションだ。
幼なじみの長年の片思いには勝てない所詮負けヒロインだ。
それでも振り向いて欲しくて最後の悪あがきをした。
小学生低学年頃父から教わったモールス信号を懐中電灯で試してみる。
ー・ー・ ・・・・ ーー・ー ーーー ・・・ ・ ーー ・
『Choose me』
この思いが伝わらないならそれはそれでいい。
真夏の初恋は十分に楽しめたのだから。
それでも奇跡が起きた。
屋上の重い扉を力いっぱいに開いたのは若かりし頃の田中のおじさんではなく、若かりし頃の父だった。
私は思わず涙が零れそうになりながらも、父の顔を注視し続けた。
「琴美はこの時間を何度もループしていたんだな。」
父はどういうわけか私が何度もタイムリーぷしてやり直していたことに気付いて、私を見つけに来てくれたようだった。
コットンキャンディーのような甘い時間にも終わりは来る。
最後の花火が打ち上がった最後、脳内で懐中時計の針を速める音が聞こえてきた。
「琴美…。」
言葉にならない言葉を吐き出そうと懸命に見つめる父に私は別れの言葉を放つ。
「私を選んでくれてありがとう。大好きよ。…さようなら。」
私の体は真っ白な光に包まれ、そのまま花火のようにパラパラと散って現代に帰ることとなった。
目が覚めると田中のおじさんは私の傍らに座っていた。
「どうだった?」
抽象的で曖昧な問いに私はゆっくり微笑み、
「3年分の高校生の夏休みを全て味わわせてくれてありがとう。」
つるりと目尻からこぼれた涙を見ないようにおじさんは、病室の天井を仰いだ。高校生の青春全てが詰まってるといっても過言ではな夏休み前から夏休みにかけての貴重な追体験が出来たし、本当の意味で私の初恋はパパになった。
AM1:00
家族のグループメールに1通のメッセージが投下された。
Kotomi[今年は3人で縁日に行って花火大会が見たいです]
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