第9話:歪みねぇ刺客(フィロソファー)
『からくり空手』
第9話:歪みねぇ刺客
桑原との死闘が終わり、静まり返った有明アリーナ。ボロボロになった安道 嵐が、壊れた『クロオビ』のパーツを拾い集めようとしたその時、会場の照明が突如として星条旗のカラーに染まった。
「……どいつもこいつも、だらしねぇな」
花道から重低音のロック音楽と共に現れたのは、見上げるような巨漢だった。ビリー——からくり空手アメリカ代表。2メートルを超える長身で上半身のパーカーを脱ぎ捨てると、筋肉のラインを強調した「マッスル・フレーム」型のからくりアーマーが姿を現した。
「俺が、『歪みねぇ』戦い方ってやつを教えてやるよ」
リングサイドで秋吉館長が、かつてない警戒の色を浮かべて呟いた。「柔術とマーシャルアーツの融合……からくり空手の『ミッシングリンク』を継ぐ男か」
ビリーはリングに飛び乗ると、倒れている桑原を一瞥し、鼻で笑った。
「相撲にレスリング……古いんだよ。力が欲しけりゃ、マブイを『回せ』」
嵐は限界に近い体を引きずりながら向き直る。
「……あんたが、次の相手か?」
「いや、俺は後藤の旦那に頼まれて、ちょっとした『掃除』に来ただけだ。ボロボロのガキを倒しても、俺の哲学は満たされねぇ」
ビリーが嵐の胸元に指を突き出した。
「だが、その『クロオビ』。アンディの魂が宿っているにしては、輝きが歪んでる。俺が『更生』させてやろうか?」
ビリーの動きは、巨体に似合わず滑らかだった。マーシャルアーツの軽やかなステップから、一瞬にして嵐の背後へ回り込む。
「からくり柔術……『マブイ・チョーク』」
太い腕が、嵐の首を捉えた。染川の「点」でもなく、桑原の「面」でもない。マブイの流れを物理的に堰き止める、線の攻撃だ。
「がはっ……!?」
マブイが全身に巡らなくなり、『クロオビ』の出力が急激に低下する。しかしビリーはそれ以上締め上げることなく、嵐を軽く放り投げた。
「……だらしねぇ。マブイが震えてるぜ、坊主。一週間だ。一週間でその『歪み』を直してこい。そうでなきゃ、次の試合でその首をへし折る」
踵を返したビリーは、観客席のミルカラスへ向かって親指を立てた。
「お前の『ボルト』も、俺の関節技の前ではただの乾電池だ。楽しみにしてるぜ」
ミルカラスは無言だった。ただその瞳に、初めて「同類」を見るような鋭い光が宿っていた。
その夜、嵐は秋吉道場の床に拳を叩きつけた。桑原を倒し、世界の端に触れたと思った。だが、上はまだ遠い。
「……嵐」
暗闇の中からリ・シャオロンが現れた。その手には自慢の『からくりヌンチャク』ではなく、一本の古い巻き物が握られていた。
「ビリーの柔術は、からくり技術の根源に近い。あいつに勝つには、お前のマブイを『直線』から『円』に変える必要がある。俺が、そのヒントを与えよう」
嵐の修行は、ついに「世界」という未知の領域へと踏み込もうとしていた。




