第10話:野獣死すべからず
ジャパウ国、大呉ドームの地下闘技場を支配していたのは、硝煙と「退屈」への飢えだった。
主催者・後藤は、ミルカラス戦が延期された空白の一週間を埋めるべく、残虐な余興を用意していた。
「特別敗者復活戦。……死に損ないたちの、最後の宴だ」
リングに立つのは、秋吉会館の「敗北者」、ロットワイラー獣人の田所。
彼の『ビースト』はミルカラスに受けた傷を強引に埋め、接合部からは微かな放電ノイズが漏れている。対するは、後藤道場の始末屋、軍用犬マリノアの血を引く谷岡。その右腕は、肘から先を火薬カートリッジ式義手『デッド・エンド』に置換した、破壊の権化だった。
「始めッ!!」
審判の声と同時に、谷岡の義手が火を吹いた。
――ガガァァァァンッ!!
鼓膜を劈く爆音。着弾の瞬間、指向性爆薬が炸裂し、田所の左肩装甲を紙細工のように粉砕した。
「からくりってのはなぁ、『破壊を純化』するためにあるんだよ!」
谷岡の連撃。すべてがマリノア特有の機動性に「爆発」を伴わせた死の拳。田所のガードは無意味だ。内部フレームが、内側からひしめき合い、悲鳴を上げている。
(……勝てない。俺は、あの無毛犬のハイキックでとっくに死んでたんだ)
田所のマブイが萎え、ロットワイラーの巨体が沈みかける。その時、脳裏に秋吉の怒号が落ちた。
『死に怯えるなら首輪をつけて飼われろ! だがお前が獣なら、最後にその牙を何のために使うか思い出せ、田所!』
「……ああ、そうだ。機械の数値に、俺の牙を預けすぎた」
田所の瞳が、燃えるような赤へ塗り替えられた。ペットの恐怖が、一瞬で野獣の「飢え」へ転換される。
「ウォォォォォォォォォッ!!」
田所は、避けることを棄てた。
谷岡の必殺の右を、あえてロットワイラーの分厚い「右肩」で受け止める。
――ドガァァァァァッ!!
爆発が肉を焼き、太い骨を砕く。だが、田所は笑っていた。
彼は自ら『ビースト』の拘束ボルトを全パージした。数千万円の装甲が、ただの鉄屑として剥がれ落ちる。
「なっ……正気か!? アーマーを捨てて、俺の火力を受けるだと!?」
「重いんだよ。……その機械、俺のマブイを食うには、小さすぎる」
剥き出しになったロットワイラーの隆起した筋肉と、黒い毛皮。
田所は谷岡の胸ぐらを左手で掴み、逃がさない。自分自身の骨が砕ける衝撃を、そのままマブイの導火線として相手の心臓へ叩き込む。
――野生の毒。
「獣を、舐めるなッ!!」
至近距離からの右正拳。
――ズ、ドドドドドドォォォォォォンッ!!
田所の右腕のフレームが粉々に砕け、同時に谷岡の胸部を貫いた衝撃波が、背後の防壁を円形に凹ませた。
谷岡の義手が誘爆し、火柱を上げて沈黙する。
リング中央。
粉々の残骸の中で、上半身の毛皮を焦がした田所が、蒸気を上げる腕を下げて立っていた。
「……勝者、田所!!」
地下闘技場は、数秒の静寂の後、恐怖を帯びた獣たちの歓声に包まれた。
貴賓席でドーベルマンの後藤が立ち上がり、無機質な拍手を送る。
「計算不能の暴走か。……だが、その代償は格闘家としての死だ。喜べ、田所。君の『欠けたマブイ』、鉄花祭の次の舞台の糧としよう」
その頃。
造船所を見下ろす秋吉道場の奥深く、パグ獣人の嵐は暗闇の中で自身の「新しい右腕」を見つめていた。
それは金属の輝きを持たない。チャウチャウのシャオロンが裏ルートで調達した、漆黒の、神経系に直接根を張る禁忌のからくり。嵐の生身の肉と癒着し、生き物のようにうごめいている。
(田所さん……匂いでわかったよ。アンタの牙の重さが)
嵐の右腕が、パグの太い心音と同期して不気味に脈動した。
「野獣」は死ななかった。そして、その泥臭い狂気は、静かに嵐へと継承された。




