第82話:竜の逆鱗
『からくり空手』
第82話:竜の逆鱗
呉の地下倉庫。錆びたモニターを叩いたのは、香港からの暴力的なまでの「熱」だった。
画面に映る小龍ジムの大将、リ・シャオロン。
彼の背後には、破壊された銀色の装甲――『スタンダード・ユニット』の残骸が、山のように積み重なっていた。
「……十五体だ。……リー議長は、……香港をただの数式で上書きできると思っているらしい」
シャオロンの瞳には、かつてないほど激しい、静かなる「怒り」が宿っていた。
「嵐、……奴らは『二週間後、五十体で来る』と言い残した。……数が増えるだけじゃない。……次には『A級』の部隊が投入されるだろう」
「……シャオロンさん。……俺が行きます」
「来るな」
シャオロンの即答に、嵐は息を呑んだ。
「お前の戦場はワールドカップだ。……看板を奪われた奴らの想いを、……お前の拳に乗せて、……リーの『規格』を真っ白に叩き割れ。……香港の看板は、……俺たちが守り切る」
通信が切れた後、嵐は暗闇の中で立ち上がった。
(……俺に行けることは、……戦うことだけじゃない)
嵐は、二度と戻らないはずの「恩師」たちへ、一斉にメッセージを放った。
宍戸、慶雲、桑原。
アンディが遺した縁。嵐が自ら掴み取った理。
「……香港へ、……龍を助けに行ってください。……今の俺には、……それをお願いすることしかできません」
二週間後。
摩天楼の影で、銀色の五十体が無機質な足音を響かせた。
だが、その前に立ち塞がったのは、小龍ジムの五人だけではなかった。
「……クク。……鎖鎌に絡まれる準備はいいか、……デジタルの人形ども」
宍戸梟一郎の鎖が、夜空に鋭い火花を散らす。
「……槍は、……直線だけではないぞ」
本藏院の十文字槍が、A級兵士の「重心予測」を物理的に貫通する。
そして、最後列。
一〇トンの質量を宿した「横綱」が、静かに土俵を鳴らした。
「……桑原洋己、……ここに見参ッ!!」
翌朝、嵐の端末に届いた一枚の写真。
そこには、大破した銀色たちの前で、血とオイルにまみれながらも不敵に笑う十二人の「英雄」が写っていた。
シャオロンの最後の一文。
『Don't think. Feel.』
嵐は、その写真を自らの『絶空』の網膜ディスプレイに強く焼き付けた。
(……感じてる。……あんたたちの熱を。……システムの定規じゃ、……絶対に測れない、……この拳の重さを……!)
嵐は、道場の真ん中で正拳を突き出した。
【安道 嵐:世界ランク変動中。――ワールドカップ予選まで、あと一〇日】
広島の小さな道場から放たれた旋風は、今、世界中の「龍」たちを巻き込み、巨大な嵐となってIKKCの本拠地へと向かい始めた。




