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からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第4部

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81/84

第81話:看板を剥がす者たち

『からくり空手』

第81話:看板を剥がす者たち


 「……京都、奈良、東京、倉敷。……全部だ」

 広島支部の朝の空気は、これまでになく凍りついていた。

 佐野のタブレットが映し出すのは、各地の伝統ある道場の看板が、銀色の「規格化兵スタンダード・ソルジャー」たちの手によって無慈悲に引き剥がされていく映像だった。

 吉岡一門。本藏院。桑原部屋。巌流道場。

 嵐がその拳で語り合い、その魂の欠片を分けてもらった場所が、一晩で「時代遅れのバグ」として定義され、地図から消されようとしている。

 「……測れないものは、……消去する。……リー議長のやり方は、……冷徹な最適化オプティマイズだ」

 三浦が杖を突き、静かに、だが激しい怒りを湛えて言った。

 「嵐さん、これを見てください」

 佐野が投影したIKKCの公式声明。そこには、武道の歴史を根底から覆す「死の数式」が記されていた。

 『2027年以降、IKKCは全ての技術を「標準偏差(Standard Deviation)」の内側に統合する。……偏差に収まらぬ個性は、競技の不安定因子と見なす』

 「……俺たちが積み上げてきたものは、……あいつらの計算じゃ『ノイズ』なんだ」

 田所が、ひしゃげた拳を握りしめる。

 「俺たちが流した血も、……親方の鯖折りも、……全部……なかったことにされるのかッ!?」

 宍戸からの最後のメール。

 『安道 嵐が認定を受ければ、周囲への介入を止める』

 それは、嵐という名の「旋風」を、箱の中に閉じ込めて「扇風機」に変えるという、最大の侮辱だった。

「……嵐さん」

 佐藤が、不安げに嵐の横顔を覗き込む。

「認定を受ければ、……看板は返ってくるんですか。……みんな、……また笑えるんですか」

 嵐は、ポケットの中の黄色いライセンスカードを、指先が白くなるほど強く握りしめた。

 その小さなプラスチック片は、今日、数万トンの質量を帯びていた。

「……それは、……空手を殺すことだ」

「吉岡総師範も、……慶雲住職も、……桑原親方も。……みんな、……看板を剥がされても、……空手たましいまでは渡してない」

 嵐の瞳の中に、青白いマブイが静かに、だが消えることのない「種火」となって宿る。

「ワールドカップで、……俺たちが『答え』になる。……測れないものを殺すシステムが正しいのか、……測れないほど高みへ行く人間が正しいのか。……全部、……リングの上で書き換えてやる」

 その夜、広島支部の看板は――。

 あえて明かりを落とさず、アリーナの照明よりも明るく夜空を照らしていた。

 「……来るなら来い、……リー・チャンウォン」

 嵐は一人、静まり返った道場で、バシュタール戦で焼き付いた右拳を見つめた。

 

 【安道 嵐 通算成績:11勝0敗1分。――世界ランク:変動中】

 

 システムの「外」へ放り出された少年たちは今、世界中の「看板」を背負い、未踏の荒野へと一歩を踏み出した。

 二〇二七年、五月。

 秋吉会館・広島支部から、世界システムへの反逆が、静かに幕を開けた。


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