表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第4部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/84

第83話:反逆の予選、開始

『からくり空手』

第83話:反逆の予選、開始


 呉の地下倉庫に改装された特設会場に、IKKCの公式チャンネルが映し出された。


 「二〇二七年度ワールドカップ・日本予選、組み合わせ発表」


 佐野がトーナメント表を投影した瞬間、道場全員が黙った。


 嵐の周囲に配置されたのは——全て、IKKCの公認を受けた「認定道場」の選手だけだった。


 「……第一回戦、後藤道場分校。第二回戦、小川道場旧派。準決勝には——」佐野の指が止まった。「バシュタールの戦術データを搭載したA級特務機が控えています」


 「勝率は」嵐が聞いた。


佐野は答えなかった。


「言え」


「……計算上、一パーセント以下で固定されています」佐野はタブレットを置いた。「システムが——ここで嵐さんを止めると決めています」


田所が低く唸った。「抽選じゃなく、設計だ」


「IKKCの組み合わせ抽選は、議長が最終承認する」木村が言った。「リー・チャンウォンが、この配置を選んだ」


---


 「嵐さんは休んでな」佐藤が立ち上がった。「こいつら掃除するのは、まず俺たちの役目だ」


 先鋒戦。佐藤がリングへ飛び出した。


 相手の銀色のアーマーが、最短距離のジャブを放った。計算に基づいた、システムの最適解だ。


 しかし佐藤の動きは、システムが予測する軌道にいなかった。


 拳がバイザーを粉砕した。


 「……予測より〇.〇二秒早い——」相手の音声センサーが乱れた。


 「計算機に、この閃きが追いつけるかよ!!」


佐藤が叫んだ。「香港で加藤さんに叩き込まれた截拳道だ——予備動作を完全に消した突きだ!!」


予備動作のない一撃。相手がデータとして持っていない軌道。銀色の機体がリング外へ吹き飛んだ。


---


 「……いい動きだ、佐藤」


 嵐がゆっくりと立ち上がった。


 新アーマー『クロオビ・絶空零ゼロ』。呉の古い造船技術によるリベット打ちの装甲と、バシュタールの磁界を受けて変質した超伝導回路が、不気味な黒い光を放っている。


 相手の全センサーが嵐を捉えようとした。


 エラーが返ってきた。「計測不能」。


 「……リー議長」嵐は静かに言った。「あんたの作った物差しは、もう俺を測れない」


嵐が一歩踏み出した。その足音一つで、会場の「規格化された空気」が物理的にひび割れた。


---


 第一試合。


 嵐の前に立ったのは、後藤道場分校の選手だった。


 しかしその姿は、第29話で見た後藤道場の者たちとは違っていた。


 装飾を排した鏡面仕上げの『スタンダード・シルバー』——IKKCの公認装甲だ。胸元のライセンスカードは、もはやその選手個人のものではなく、IKKCが発行した「認定番号」に置き換えられていた。


 「安道 嵐。お前の揺らぎは非効率だ」相手は言った。感情がなかった。「我々は一つになった」


 嵐は相手の目を見た。


かつての闘志がない。怒りもない。悔しさもない。あるのは——リー議長からワイヤレスで供給される「最適解」という名の光だけだ。


(こいつも、かつては誰かに空手を習った人間だったはずだ)


嵐は右拳を握った。


---


「始め!!」


相手が踏み込んだ。システムの最短距離。最適解の軌道。


嵐は「空」になった。


相手の拳が、空を掴んだ。


「……計測不能——再計算——」


嵐の正拳が、相手の胸板に触れた。


打撃ではない。浸透だ。


相手のアーマーの内部に、波が走った。超伝導回路が過負荷を起こした。ワイヤレス供給の「最適解」が——一瞬だけ、途切れた。


その一瞬に、相手の目が変わった。


光が消えた目の奥に——何かが、一瞬だけ戻った。


「……俺は」相手が呟いた。「俺は——」


しかしすぐに、光が戻ってきた。最適解の供給が再開された。


嵐はその一瞬を見た。


(中にいる。まだ、人間がいる)


---


「ダウン、嵐! 3点!」


「クリーンヒット、嵐! 2点!」


スコアが積み上がっていく。


相手は戦い続けた。感情なく、疲れなく、最適解を実行し続けた。しかし嵐の「空」は、最適解が届く「起点」を持たない。


システムが嵐を「測れない」なら、最適解は「どこへ向けて」出せばいいか分からない。


残り1分。


嵐は正面から踏み込んだ。「空」を解いた。「霧」も使わない。ただの——正拳突きを放った。


叔父アンディから教わった、極真の基本。数万回繰り返した、一番シンプルな一撃。


相手のシステムが計算した。「通常の正拳突き——最適解、迎撃パターンC-7を実行」


しかし嵐の正拳には、数万回の稽古の重さが乗っていた。浸透の波が乗っていた。吉岡の三百人、本藏院の百人、桑原部屋の五人、佐々木の霧、宍戸の夜——全部が乗っていた。


システムは「正拳突き」として計測した。


しかしそれは、システムが知っている「正拳突き」ではなかった。


「ダウン、嵐! 3点!」


【最終スコア:嵐 15 - 04 後藤道場分校】


「勝者、安道 嵐!!」


---


相手がマットから立ち上がった。


ワイヤレス供給が再開されるまでの数秒間——相手の目が、もう一度変わった。


「……痛い」相手が言った。


システムではない声だった。


嵐は右手を差し出した。「あなたの名前は」


相手は少し黙った。「……関口。後藤道場で——昔、空手を習った」


「関口さん」嵐は言った。「その痛みを——覚えておいてください」


供給が戻った。関口の目から、光が戻った。


しかし関口はもう一秒だけ、嵐の手を見てから——ゆっくりと立ち上がった。


---


嵐がリングを降りた。


佐野が静かに言った。「一回戦、突破です」


「関口さんという人がいた」嵐は言った。「システムの中に、まだ人間がいた」


「どういう意味ですか」


「後藤道場の人間たちは——選んで規格化されたのではなく、取り込まれた可能性がある」嵐は会場を見渡した。「全員がそうかもしれない。IKKCの認定制度が——道場全体を飲み込んでいく」


佐藤が拳を握った。「——俺たちが飲み込まれないようにするには、どうするんですか」


「勝ち続けることだ」嵐は言った。「測れないものを、測ろうとする奴らに——答えを出し続ける」


---


トーナメント表が更新された。


「安道 嵐——第一回戦、突破」


次の相手の欄に、名前が表示された。


「小川道場・旧派」


佐野が静かに言った。「小川道場が——分裂していたんですね。IKKCの認定を受けた派と、受けなかった派に」


嵐は小川勝己の顔を思い出した。東京大会で戦った、金ライセンスの柔道家。


「小川道場主は——どちら側ですか」


佐野はタブレットを確認した。「……小川勝己道場主は、認定を拒否しています。『旧派』と呼ばれているのは——認定を受けた方の、分裂した一派です」


田所が低く言った。「小川道場が割れた。後藤道場が変質した。——IKKCが、日本の道場を内側から壊している」


---


嵐は黄色いカードを見た。


11勝。


長い道のりだ。しかし今日——一歩進んだ。


【安道 嵐 通算成績:12勝1敗1引き分け】


会場の外、呉の海が見えた。造船の街の夜に、嵐の正拳突きの残響が静かに溶けていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ