表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第4部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/84

第83話:反逆の予選、開始

 二〇二六年、七月。

 広島・呉。潮風と錆びた鉄の臭いが混ざり合う造船所の地下倉庫は、IKKCが用意した「屠殺場」へと変貌していた。

 

 「二〇二七年度ワールドカップ・日本予選、組み合わせ発表」

 

 佐野が震える指で投影したトーナメント表。それは抽選などではない。リー・チャンウォンが設計した、安道嵐という「バグ」を削除するための冷徹な処刑リストだった。

 「周囲はすべて認定道場の精鋭……。準決勝には、バシュタールの実戦ログを完全同期したA級特務機。……嵐さん、計算上の勝率は一%以下で固定されています」

 「その一%に、俺たちの『から』が詰まってるんだろ」

 嵐の声が、地下の重い空気を切り裂いた。

 「嵐さんは休んでな。こいつら掃除するのは、まず俺たちの役目だ」

 先鋒、佐藤がリングへ躍り出た。対する銀色の『スタンダード・シルバー』が、最短距離の最適解ジャブを放つ。だが、佐藤はそれを「見る」前に動いていた。

 香港で龍の背中を見て、体得した截拳道。機体の神経系が相手の攻撃予兆 V_{pre} を逆探知し、筋肉が動く前に拳を突き刺す。

 ――ガヂィンッ!

 

 「……予測外の先行入力。……演算不能」

 銀色の機体が、リベット一本の無駄もない突きでバイザーを粉砕され、場外へ吹き飛んだ。「計算機に、この魂の先行リードが追いつけるかよ!!」

 「……いい動きだ、佐藤」

 嵐がゆっくりと立ち上がった。呉の老熟した技術者が丹念に叩き上げた新アーマー『クロオビ・絶空零』。潜水艦の耐圧殻と同じ構造を持つリベット打ちの装甲が、室内の廃熱を吸い込んで不気味な鈍色に光る。

 一回戦。相手は後藤道場分校の関口。

 鏡面仕上げの公認装甲を纏った彼は、もはや人間ではなく、リー・チャンウォンという巨大な演算機の一部となっていた。

 「安道嵐。お前の揺らぎは非効率だ」

 関口の声は、合成音声のように平坦だった。その瞳の奥には、個人のマブイを一定の電圧に固定する、認定システムの冷たい支配プログラムが走っている。

 「始め!!」

 関口が踏み込んだ。システムの導き出した最短距離、最適解。

 嵐は「空」になった。バシュタール戦で掴んだ、システムが目標を喪失する無の境地。

 関口の拳が、嵐の残像さえ捉えられずに空を切る。

 「……計測不能。再計算……」

 

 嵐の正拳が、関口の胸板に優しく触れた。

 

 

 打撃ではない。浸透――。

 『絶空零』の超伝導回路から放たれた非線形振動が、関口の装甲を透過し、ワイヤレス給電の「最適解信号」を一瞬だけ遮断した。その一刹那、関口の瞳に、かつての武道家としての生々しい色が戻った。

 「……俺は、……俺は後藤道場で……」

 だが、すぐにシステムの再同期が走る。光が戻り、人間が消える。

 (中にいる。……まだ、人間が泣いてやがる)

 嵐の拳に、重みが乗った。桑原の質量、吉岡の加速、そしてこれまで出会った者たちの、システムに測れない「執念」のすべて。

 「ダウン、嵐! 3点!」

 関口の最適解迎撃パターンを、嵐の「数万回の稽古」という名の物理的な理不尽が粉砕した。

 【最終スコア:嵐 15 - 04 関口】

 リングを降りた嵐に、佐野がタブレットを持って駆け寄った。「嵐さん……、今の浸透、関口さんのシステムを『逆ハック』していました。……一瞬だけ、認定コードが消えたんです」

 「関口さんは痛いと言った。システムの中に、まだ俺たちが救うべき空手が残ってる」

 トーナメント表が更新され、次の相手が赤く点滅する。

 「小川道場・旧派(認定派)」

 

 「小川道場主が拒否した認定を、弟子たちが受けたということか……」

 嵐の黄色いカードが、地下の湿った空気の中で静かに脈動した。

 道場を内側から食い破る「最適化」という名の癌。嵐はその正拳を、次なる標的へと向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ