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からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第3部

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78/84

第78話: 極真対極真、魂の決勝(後編)

 二〇二六年、六月下旬。駒沢オリンピック公園体育館。

 EMPによって機能を停止した暗闇のアリーナ。アリーナを照らすのは、バシュタールの銀色の装甲が放つ死の冷光と、溶接された佐藤の装甲が摩擦熱で放つ絶望的な赤熱だけだった。

 

 「決勝戦――マスタツ 対 安道 嵐。スコア、11対11。残り三分」

 バシュタールのモノアイが放つ赤いレーザーが、空中に血のような残像でタイマーを刻む。互いの技術が互いを打ち消し合う、静止した地獄。嵐の『絶空』は、バシュタールの磁界によって常に機体フレームへ F_{mag} の強引な引力を受け、本来の回避性能を奪われていた。

 

 (膠着だ。今日一日で学んだ理屈は、マスタツさんもすべて手に入れている……。なら、こいつはまだ知らないはずだ。俺が両国の泥の中で、地に這い蹲って掴んだ『重さ』を!)

 

 嵐は爆発的に踏み込み、マスタツの装甲を強引に掴み取った。極真の打撃家にとって、組み合いは異質な領域。だが、嵐の『絶空』は、桑原から授かった「磁気クランプによる重心のハッキング」を開始した。

 ――バチィィッ!!

 

 接触面から激しいアーク放電が散り、一瞬だけ互いの顔を照らし出す。嵐はマスタツの重心が左足のサーボモーターへ固定された一刹那を突き、全マブイを右足のアンカーへ噴射。大地の反動リアクションを乗せた「大外刈り」が、マスタツの巨体を闇の中へ跳ね上げた。

 

[JUDGEMENT]:ダウン、嵐。スコア:08 - 05。

 

 「……大外か。打撃の加速度を、垂直の引力へ変換したな」

 マスタツの声に、動揺はない。彼は立ち上がりながら、自らのアーマーの通信ポートを強制開放した。

 「お前が桑原から『大地』を盗んだなら、私は今、お前からその『回路』を奪う」

 

 再びの密着。マスタツの手が嵐の腕を捉えた瞬間、嵐の視界に「外部アクセス:警告」の赤文字が溢れた。マスタツの機体『牛殺し』が、磁気干渉を通じて嵐の駆動ログをミラーリング(複製)していく。

 一〇秒後。マスタツが嵐と全く同じベクトルで重心を操作し、嵐の身体を無重力へと放り出した。

 

[JUDGEMENT]:ダウン、マスタツ。スコア:08 - 10。

 (……一度触れただけで、俺の『修行の記憶』をシステムごとコピーしやがった。このまま戦えば、俺は自分自身の影と戦うことになる……!)

 

 残り一分三十秒。スコアは九対十一。

 嵐は、自らの『絶空』のメインスイッチを物理的に引き抜いた。青白い燐光が消え、機体から「駆動音」という名の生命反応が消失する。

 「嵐……マブイを捨てたのか? システムなき機体は、ただの百キロの棺だぞ」

 「いいえ。……今、俺は初めて、アンディ叔父さんの『から』の景色を見ている」

 

 嵐は、生身の神経だけで、冷たい鉄の塊となった『絶空』を駆動させ始めた。システムの補助アシストを一切排した、純粋な肉体の運動。それはバシュタールの磁界さえも「ただの抵抗」として受け入れ、数式上の予測モデルから完全に逸脱した、不条理な挙動だった。

 マスタツの正拳が嵐を捉える。本来ならダウンする衝撃。だが、嵐の身体は「空」の器となって衝撃を受け流し、一歩も退かない。

 

[JUDGEMENT]:クリーンヒット、マスタツ。スコア:09 - 13。

 「器は壊れても、中身が『空』なら……倒れる理由がない」

 嵐は空のまま、マスタツの正拳の軌道に自らの右拳を添えた。力ではなく、マスタツが放ったエネルギーの流れに乗り、その先端をマスタツの喉元へと導く。合気の理。

 【嵐 11 - 13 マスタツ】

 

 残り三十秒。

 「……お前の空手には、お前を支える全員の『重み』が宿っている。だが嵐、システムを捨てたお前の出力では、私の『一』は砕けん!」

 マスタツが、今日奪い取ったすべての技を、一つの高密度な一撃へと凝縮した。

 

 ――静寂が、アリーナを支配した。

 

 嵐は「空」のまま、そのすべてを肉体で受け止めた。装甲は砕け、フレームは歪み、マブイの火花さえ散らない。ただ、嵐は立ったまま、マスタツの瞳を真っ直ぐに見据えていた。

 

 タイムアップ。

 

[RESULT]:勝者、マスタツ・オオヤマ。査定終了。

 

 アリーナに、再び死の沈黙が訪れた。嵐は敗れた。だが、その「空」の挙動は、バシュタールの演算を一時的に飽和バグさせていた。

 「……見事だ、嵐。私の全力を、ただの肉体だけで受け切りおった」

 マスタツが差し出した手。嵐がそれを握り返した瞬間、バシュタールの赤いレーザーが激しく明滅し、佐藤への磁気溶接が、演算エラーによって一瞬だけ解除された。

 

 「今だッ!! 嵐さん、逃げろ……ッ!!」

 拘束の解けた佐藤が、最後のマブイを絞り出して叫んだ。

 だが、嵐は動かなかった。黒ずんだ黄色いライセンスを握りしめ、闇の向こうで嗤う銀色の死神を、静かに指差した。

 

 「マスタツさん。……俺の空手は、まだ途中だ。だけど、この敗北データを吸い込んで……次は、あの銀色を真っ白に塗り替えてやる」

 

 六月の駒沢。システムの崩壊した夜空に、一筋の蒼い閃光が走った。

 【安道 嵐 通算成績:11勝1敗1引き分け】

 

 敗北は、屈辱ではない。それは、システムという名の神に、初めて「計算不能な魂」の存在を刻み込んだ、宣戦布告の儀式だった。

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