第77話:極真対極真、魂の決勝(前編)
二〇二六年、六月下旬。駒沢オリンピック公園体育館。
EMPによって完全に機能を停止した漆黒のアリーナ。そこを照らすのは、拘束された佐藤の装甲がバシュタールの磁界に焼かれ、放つ不吉な赤熱と、嵐が纏う『絶空』の青白いマブイの燐光だけだった。
「決勝戦――マスタツ・オオヤマ 対 安道 嵐。査定、開始」
バシュタールのモノアイが放つ赤いレーザーが、リング上空に血のような文字で「00 - 00」のスコアを投影した。それは審判による宣告ではなく、死神による「選別」の合図だった。
リングへ向かう嵐の背中に、磁気溶接の激痛に耐える佐藤の、震えるマブイの共鳴が届いた。
(嵐さん……俺の……データを使って……!)
拘束された佐藤が、自らの『ビースト・防』をわざと自壊させ、その際に発生する強力な磁気ノイズを嵐への「位置情報」として送り込んでいた。嵐は黄色い――いや、今は黒ずんだライセンスを強く握りしめた。
リング中央。マスタツは無装飾の道着を纏い、闇の中に溶け込むように立っていた。今日一日、あらゆる強者の技を「一」の中に飲み込んできた怪物は、もはや人型のブラックホールと化していた。
「嵐。今日の『絶望』をすべて見ていたか」
「ああ……。アンタが全員から奪った理も、俺が全員から託された重みも、全部この拳に込めてある」
二人の極真使いが、月明かりさえ届かぬ暗闇で向き合う。
「始めッ!!」
二人は動かない。一秒、二秒。梅雨の湿気が装甲の隙間で結露し、冷たい雫が板間に落ちる。先に動いたのは嵐だった。ブースターを最小限に抑え、自らの質量 m を一点に凝縮した「空」の踏み込み。
フェイクも、変化もない。ただ、この絶望を打ち破るための、純粋な直線。マスタツがそれを、鋼の壁となって正面から迎え撃った。
衝撃波がアリーナの湿気を爆発的に気化させ、一瞬の白い霧が二人の間を埋める。
[JUDGEMENT]:両者同時打撃を検知。損傷率各 5%。スコア:02 - 02。
「最初から正面か。小細工は、バシュタールの磁界に吸い込まれるだけだとな」
「知っているなら、騙せない。なら、アンタの『一』を、俺の『空』で撃ち抜く」
マスタツが動いた。踏み込みの予兆がない。だが、嵐はそれを「見た」のではなく、佐藤が送る磁気ノイズの僅かな「影」として察知した。マスタツの重心が移動する 0.1秒前、周囲の磁力線が歪む。
嵐は半歩、横へ流れた。マスタツの正拳が、嵐の頬の装甲をミリ単位で掠め、摩擦熱で火花を散らす。
「ヒット、1点」
【嵐 03 - 02 マスタツ】
「踏み込みを読んだな。だが、その情報の『接続』……いつまで保つかな」
マスタツが、これまでの「極真の定石」を解体し始めた。角度を不規則に変えながら放たれる、重力さえも味方につけた連打。嵐はマブイを「コロナ放電」のレベルまで霧散させ、全身を青白い光の檻で覆った。
マスタツの拳が嵐の光に触れるたび、闇の中に二人の凄絶な輪郭が浮かび上がる。
「ヒット、1点」
嵐が反撃の浸透波を右拳に凝縮する。しかしマスタツは、田村から奪った「重心操作」で、嵐が接触する瞬間に自らの中心点をわずかにずらした。
[JUDGEMENT]:相殺を検知。スコア:05 - 05。
「互いが互いを知り、互いが互いを喰らっている……。嵐、これが、リー議長の求めた『完成された地獄』だ。だがな――」
マスタツの瞳に、初めて「狂気」に近い情熱が宿った。
「地獄の底でしか見えない『一』が、……今、ようやく見えてきたぞ」
六月の駒沢。システムの崩壊した闇の中で、二つの「極真」が、人類の限界を超えた領域へと加速を開始した。




