第76話:激闘(3)
「第三試合――田所 対 小川勝己。始めッ!!!!」
二〇二六年、六月下旬。駒沢オリンピック公園体育館。
EMPによる完全な停電。アリーナを支配するのは、バシュタールの磁界が発する重低音と、格闘家たちの機体から漏れる「マブイの燐光」だけだ。
リング中央で、佐藤が銀色の死神に溶接され、装甲を軋ませて呻いている。その凄絶な死の臭いの中で、第三のリングでも「選別」という名の狂った試合が開始された。
田所は「ビースト・防」のバイザーを、暗闇での視認性を高めるナイトビジョン・モードへと切り替えた。対するは、金星七〇〇勝を誇る柔道の怪物、小川勝己。
「……息子(橋本)を止めた男か。その不動の理、私を相手にどこまで保てるか」
「楽しみにしてたよ、道場主。あんたの『重力』に、俺がどこまで耐えられるか、な」
「始めッ!!」
小川が、大気の湿気を一切乱さぬ自然体で歩み寄る。田所は日拳の「波動立ち」から、爆発的なスラスターを伴い――踏み込んだ。だが、放ったのは拳ではない。相手の袖を「磁気クランプ」で強引に捕らえる、日拳の組み討ちだ。
「……私の土俵で戦うか。面白い」
二つの巨大なマブイが衝突し、接触面から激しい青白い火花が散る。小川の「引き込み」が発動した。
小川の引き込みは、物理的な引力 F に加え、相手の機体OSに「重力方向の誤認」を強制するシステム干渉だ。田所は、桑原部屋で得た「大地のマブイ」を足裏のアンカーへ全出力で流し込み、地球の質量を借りてその絶望的な沈み込みを耐えた。
「クリーンヒット、小川! 2点!」
「……耐えたか。だが、私の柔道は、相手が『繋がっている』限り無限に連鎖するぞ」
小川の言葉通り、大内刈り、小外掛け、一本背負いが、からくり同期によって隙間なく畳みかけられる。田所のフレームは、歪みと衝撃波の共振にさらされ、限界を告げるアラートを視界に撒き散らした。
【田所 07 - 12 小川】
(組み合いで圧倒されている。だが、ここで離れれば佐藤を救うための『密着の理』は掴めねぇ……!)
田所は、脳内のリミッターを一九%で固定した。暴走という名の安易な力に逃げず、その狂気を「精密な出力」へと変換する。
「小川道場主……ここからが、俺の『日拳』だッ!!」
田所は組み合ったまま、ゼロ距離から縦拳を突き出した。機体のサスペンションを瞬時に硬化させ、反作用 F を逃がさずに小川の面装甲へ叩き込む。
「クリーンヒット、田所! 2点!」
組みながら打つ。打撃の衝撃を、掴んだ手を通じて小川の内部機構へと逆流させる。
【田所 11 - 12 小川】
「……打撃を組みに溶かし込んだか。日拳を『規格』の外へ持ち出す男は、久しぶりだ」
残り二十秒。両者のマブイが臨界点に達し、体育館の割れた床から火花が噴き出す。小川が最大出力の一本背負いを放った。
投げが決まる。田所の体が宙を舞う。だが、その落下速度を、田所は「垂直の打撃」に変えた。
同時被弾――。
【最終スコア:16 - 16。――延長戦!!】
二分間の延長戦。暗闇の中、バシュタールの磁界が二人を嘲笑うように強まる。
「田所くん。この闇の中、まだ組むか」
「ああ。あんたのフィールドで、もう一度。……俺の組みが、あの死神の磁気溶接を壊せるかどうか、確かめてぇんだ」
延長戦は、死力の尽くし合いとなった。田所は小川の引き込みを、自らの「大外刈り」で迎撃した。
足裏の吸着モーターを逆噴射し、小川の重心移動 G を逆に利用して外側へ弾き飛ばす、日拳の推進力を乗せた「大外」。小川の巨体が、初めて宙を舞い、板間に叩きつけられた。
「ダウン、田所! 3点!」
【延長 田所 03 - 00 小川】
だが、金星の執念は、そこからさらに二分を戦い抜いた。
【最終延長スコア:04 - 05。――勝者、小川勝己!!】
田所はリングに沈んだまま、排熱用の紫色の蒸気を吐き出した。嵐が、磁気障壁の外側からその姿を見つめていた。
「……負けたな。だが、あの感触、忘れてねぇ」
「田所さん。……あなたの『大外』は、確かにあの銀色の死神を揺さぶっていた」
遠野――敗北。木村――勝利。田所――敗北。
三つのリングが静まり返ったその時、アリーナの中央で、バシュタールがついに佐藤の頸部装甲を完全にロックした。
「……選別は、終わった」
銀色の死神が、ついにその「不協和音」を、嵐へと向けた。
六月の駒沢。勝った者も、負けた者も、その魂は今、死の淵で一つの巨大な「嵐」へと収束しようとしていた。




