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からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第1部

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第6話:信念の重さ

その朝、秋吉道場から「空気」が消えた。

 道場の中央に立つ秋吉は、これまで嵐が出会ったどの怪物とも違っていた。纏うのは、からくり空手黎明期の禁忌、重装甲型アーマー『オーガ』。黒檀の装甲に血のような朱色が走るその姿は、現代のテクノロジーを食らって肥大化した戦国武者のような、悍ましい威厳を放っている。

「今日から、俺が相手だ」

 秋吉が低く呟くと同時に、道場内の気圧が急上昇した。『クロオビ』のセンサーが限界を超えた磁場を検知し、脳内に緊急回避のアラートを乱打する。冷たい殺気ではない。そびえ立つ断崖が目の前で崩落を始めたような、抗いようのない「質量」の暴力だった。

「嵐。お前はなぜ戦う? 叔父の仇か。名誉か。それとも、ただの義務感か」

 秋吉が一歩、踏み出す。ただそれだけの動作で、嵐の足元が数センチ沈み込んだ。秋吉の放つマブイが重力場と干渉し、周囲を「沈下」させているのだ。

「がはっ……!」

 秋吉の掌底が、嵐の胸甲を叩いた。装甲は砕けていない。だが指向性を持った衝撃波が肉体を透過し、背後の床板を十数枚、爆ぜさせた。蹴りが脇腹を抉り、『クロオビ』の肋骨フレームが軋む。嵐は床に叩きつけられた。

(叔父さんのために。アンディの名を汚さないために――)

「それはアンディの言葉だ! お前の魂を燃やす、真の燃料を吐け!」

 さらなる重圧。嵐の視界が白む中、意識の底である風景が再生された。

 夕暮れの道場。若き日のアンディが、一人で型を打っていた。摩擦音一つない。熱量すらも内側に閉じ込め、ただそこに純粋な「理」だけが流れていく。幼い嵐は、そのあまりの美しさに魅せられ、震える手で道着を握りしめたのだ。自分もあそこへ行きたい、と。

「……俺は」

 嵐は、血を吐きながら立ち上がった。

「叔父さんのためじゃない……! あの日、俺が見た――からくりと人間が一つに溶ける、あの極限の瞬間に届きたいだけだッ!」

 叫んだ瞬間、嵐のマブイが変質した。赤黒い燃焼が消え、一点の曇りもない透明な「無」へと収束していく。マブイを燃料にするのではない。自分自身を、からくりという回路そのものへ「接続」させる。

 ドクンッ。

 心臓の鼓動が、道場を揺らす重低音へと変わった。

「空手が好きだから、戦うんだ。それ以外に、俺を立たせる理由なんていらない!」

 嵐は踏み込んだ。『オーガ』が放つ重力場を、「抗わない」ことで無効化する。重力に従い、むしろ重力の一部となる。

 カチッ。

 無音の接触。嵐の左拳が、吸い込まれるように秋吉の懐へ滑り込んだ。物理的な破壊力ではない。秋吉の重厚なマブイの壁を、針のように一点で貫く「浸透」。

 ビシリッ。

 絶対的な防御を誇っていた朱色のライン上に、一筋の亀裂が走った。秋吉がわずかに重心を後ろへ引く。道場を支配していた重圧が、霧散した。

「……ほう」

 秋吉は構えを解き、静かに面を外した。そこには、一人の格闘家を認めた男の、狂暴なまでに熱い笑みがあった。

「安道 嵐。今、お前のマブイは『自立』した。アンディの甥ではない。お前は一人の、からくり空手家だ」

 道場の影で、木村が震える手でタバコを落とした。

「……あのアナログな一撃で、最強の支配を破りやがった」

「ミルカラスは強い。だが、奴の強さは『支配』だ。お前の強さは、その支配から外れる『自由』にある。忘れるな、嵐。その自由を、あいつに見せつけてやれ」

 東京の夜が明ける。決戦まで、あと七日。

 嵐は、アンディの遺品であったはずの『クロオビ』を、今、自分自身の誇り高き骨格として完成させていた。

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