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からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第1部

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第6話:信念の重さ

『からくり空手』

第6話:信念の重さ


 「今日から、俺が相手だ」

 秋吉道場の中央に、巨大な影が立っていた。秋吉が——初めて——伝説のアーマー『オーガ』を纏っていた。

 黒と朱色の装甲が、朝の光を鈍く照り返す。その圧迫感は、ミルカラスのそれとは異質だった。冷たい刃のような殺気ではなく、大地そのものが立ち上がったような、逃げ場のない重力だ。嵐の『クロオビ』が、全力でマブイの警告を鳴らしている。

 「秋吉さん……自ら?」

 「木村から技を盗んだ。染川から『一つになること』を学んだ。だが、お前にはまだ足りないものがある」

 秋吉は、ゆっくりと構えを取った。

 「嵐。お前はなぜ戦う?」

 問いの意味を咀嚼する暇もなく、秋吉が動いた。

 速さではない。重さでもない。まるで山が傾いてくるような、抗いようのない圧力だ。嵐は反射的に『クロオビ』を全開にして受けに回ったが、秋吉の掌底が嵐の胸を捉えた瞬間、足元の床板が割れた。

 「ぐっ……!」

 吹き飛ぶ寸前、嵐は踏みとどまった。膝が笑い、マブイが激しく乱れる。

 「もう一度聞く。お前はなぜ戦う?」

 「……叔父さんの遺志を、継ぐために」

 秋吉の二撃目が来た。今度は躱せた。だが、三撃目が追いかけてくる。嵐は寸勁を合わせようとしたが、秋吉には通じない。逆位相の振動ごと、力でねじ伏せられた。

 「それは『理由』ではない。『言い訳』だ」

 嵐は床に膝をついた。マブイが半分以下に削れている。

 木村と遠野が道場の端で腕を組み、黙って見守っている。

 「嵐。アンディは俺に言った。『空手は、勝つためではなく、生きるためにある』と。お前が『叔父のために』戦う限り、お前のマブイには天井がある。それは、お前自身の魂ではなく、借り物の炎に過ぎないからだ」

 秋吉が、嵐の前に静かに立つ。

 「ミルカラスは違う。あいつが恐ろしいのは、その強さではない。あいつには、折れない『核』がある。自分が何者で、何のために立っているのか——それが、あの左ハイの重さの正体だ」

 嵐は、拳を床に押しつけたまま、動けなかった。

 (俺は……なぜ戦う?)

 脳裏に浮かぶのは、冷たい病室だ。叔父の義手の感触。平坦になったモニターの音。

 だが今度は、その先に別の記憶が滲んだ。子供の頃、道場の隅でアンディの組手を息を止めて見ていた自分。あの時感じた、胸の奥の震え。「俺もああなりたい」ではなく——「あの動きは、美しい」という、純粋な感動。

 空手が、好きだったのだ。

 からくりが、好きだったのだ。

 勝ちたいからでも、継ぎたいからでもなく、ただ——この漆黒の鉄と共に、風のように動くことが、たまらなく好きだったのだ。

 「……俺は」

 嵐は立ち上がった。マブイが、静かに、しかし確実に満ちていく。借り物の炎ではなく、自分の奥底から湧き上がる、透明な熱だ。

 「俺は、空手が好きだから戦います。叔父さんが見せてくれた、あの動きに——なりたいから」

 秋吉が、長い沈黙の後、静かに頷いた。

 「もう一度、来い」

 嵐は踏み込んだ。秋吉の重圧が全身を押しつぶそうとする。だが今度は、恐怖がなかった。ただ『クロオビ』と自分の呼吸が、完全に一致していた。

 嵐の正拳突きが、秋吉の『オーガ』の胸甲に、乾いた音を立てて届いた。吹き飛ばすには程遠い。だが秋吉は、わずかに——ほんのわずかに——後ろへ重心を動かした。

 道場に、静寂が落ちた。

 木村が、小さく口笛を吹いた。

 「……核が、定まったな」

 秋吉は『オーガ』の篭手を外し、嵐の肩に手を置いた。

 「それが、お前の空手だ。誰のものでもない、安道 嵐のマブイだ」

 ミルカラスとの決戦まで、あと一週間。嵐は初めて、恐怖ではなく、静かな昂ぶりと共にその日を待っていた。

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