第46話:四天王の影
広島県立総合体育館の廊下は、事務的な冷気に包まれていた。
「秋吉の芽は、早いうちに摘んでおきます。それが『統括』の基本ですから」
黒いライセンスを持つ男、伏瀬がタブレットをなぞる。彼が放つマブイ密度 D は、周囲の空気を物理的に圧縮し、廊下のタイルを数ミリ沈み込ませていた。
「君たちのエントリーデータは今、抹消されました。今日、君たちはここで『存在しなかったこと』になります」
佐藤の『オンド・プレッシャー』が、伏瀬の放つ黒い波動に逆共鳴を起こした。リミッターが狂い、義肢が佐藤自身の腕を締め上げ、ボルトが肉を噛む。「が、あ……ッ! 勝手に、動きやがる……!」
「無駄ですよ。黒のライセンスは、周囲の白を『従属』させる権限を持つ。君たちは、自分の意志で動くことすら許されない」
伏瀬が冷酷に指を滑らせた瞬間、廊下の温度が絶対零度へと急落した。
「その Delete キー、俺の『空』にも効くのか?」
安道 嵐。彼が壁から背を離した瞬間、伏瀬のタブレットが火花を散らし、画面に「Fatal Error: Null Pointer」の文字が踊った。
嵐の纏う『絶空』。それはシステムの命令を全て飲み込み、無効化する「論理の穴」だ。
「四天王……プラチナ。ホストサーバーから無限の供給を受ける、神の資格か」
嵐がゆっくりと歩み寄る。彼が通る後の空気は、伏瀬の支配を剥ぎ取られ、真空のような静謐を取り戻していく。
「叔父さんのアンディは、その資格を捨てた。……システムが与える『無限』より、自分の拳に宿る『一』を信じたからだ」
嵐が白いカードを伏瀬の目の前に突きつけた。
「始めよう。あんたの管理する『黒』が、この何のデータもない『白』に、どこまで耐えられるか」
嵐がリングへ上がった瞬間、アリーナを照らしていたLEDが、電気を吸い取られたかのように全て白濁した。
「……佐野。嵐さんのマブイ……数値、出てるか?」
「……いや。……ゼロだ。……だが、世界の重さが、全てあの一点に集まっている……!」
広島の地に、規格外の旋風が巻き起ころうとしていた。
それは、管理された未来を塗りつぶす、透明な破壊の産声だった。




