第45話:初陣、泥まみれの初星(はつぼし)
二〇二七年、五月。広島県立総合体育館。そこは世界大会の洗練とは無縁の、ライセンスの色を奪い合う「生存競争」の場だった。
「佐野、見ろよ。……あっちの連中、緑に白線。マブイの熱がピリピリくる」
佐藤は呉の銘機『オンド・プレッシャー』の駆動部を震える手で確認した。対する佐野は冷静にタブレットを叩くが、その計算は平均勝率43%という現実を無機質に弾き出していた。
「広島支部、先鋒・佐藤。リングへッ!!」
対角の大野。胸の「黄」は、100戦の敗北を吸い込んだ色だ。佐藤の猛攻を、大野は装甲表面の微細な傾斜でいなす。衝突エネルギーを分散角 \theta で逃がす、凡人の生存戦略。
(なんでだ……練習より体が重い。視界が、狭いッ!)
泥を吐き、立ち上がる佐藤。嵐は観客席で無言を貫く。「白を汚すのは、あいつ自身だ」
佐藤は『オンド』のリミッターを物理的に破壊した。呉の鉄が、リミッター解除の超高トルクに悲鳴を上げ、ボルトが火花を散らして弾け飛ぶ。
「食らえ、……俺の、一〇〇%だァァッ!!」
不条理なトルクの暴力が、大野の熟練のいなしを、物理的な「質量」で粉砕した。
隣のリングでは、佐野が『ボルシチ・ギア』で相手を「解体」していた。
「チェックメイト。あなたの重心、既に僕の座標系にはありません」
蟹挟み。膝ボルトを剪断する「グチャり」という嫌な手応え。佐野は勝利の瞬間、吐き気にも似た奇妙な高揚感に眉をひそめた。
廊下でカードを見つめる二人。そこには「一」という、汚れた勝利が刻まれていた。
「……やったな。これで俺たちも空手家だ」
その言葉を、廊下の突き当たりの漆黒の影が凍りつかせた。後藤道場・広島地方支部の「黒」たちだ。
「秋吉の芽は、早いうちに摘んでおく。それが『統括』の基本だ」
先頭の男、伏瀬が佐藤のカードを指で弾く。パキ、と微かな音。浸透マブイがチップを焼き、液晶に映る「一勝」の文字が、無機質なノイズと共に「〇」へと書き換えられた。
「……次はリングで会いましょう。……白のままでいられたら、の話ですが」
佐藤は、データの消えた白いカードを握りしめた。
「汚してやるよ。……あいつらの真っ黒なプライド、……俺たちの白で、……塗りつぶしてやるッ!!」
広島の夕暮れ。若き二人の前に、システムの巨大な「黒」が、冷徹な管理の牙を剥き始めた。




