第43話:二つの龍、広島の風
広島・宇品港。錆びた鉄と重い潮風が混ざり合う埠頭に、『秋吉会館・広島支部』が屹立していた。
道場開き。本部の新大将・木村が、青白い放電を繰り返す『隼Mk-II』の首を鳴らす。
「三浦さん。……広島の鉄を、本部の速度で焼き切らせてもらいますよ」
三浦義一は静かに杖を突き、一瞥で道場のざわめきを静止させた。その隣で、安道 嵐の『クロオビ・絶空』は、音もなく凪いでいた。
「始めッ!!」
先鋒戦。佐野の『ボルシチ・ギア』が、サンボ由来の螺旋で畑中の速度を「解析」し、マットへと沈める。広島の重厚なトルクが、東京の洗練を上書きした瞬間だった。
だが、副将戦。田所の咆哮が道場を揺らす。「おらぁ!! 広島の鉄はそんなに柔いのかッ!?」野性の突進が新人たちを蹂躙し、格の違いを見せつける。
「……さて。最後だ。行け、嵐」
三浦の静かな声が大将戦を告げる。木村が「問路」の構えで指先を嵐の眉間に向けた。「お前が三浦さんの『空』を継いでから、一度も本気でやり合ってなかったな」
「木村さん。空手とは、自分を『空』にすること。……そして、空の器は、周囲を飲み込む『穴』になる」
嵐が、一歩踏み出した。
刹那。道場全体の気圧が急激に低下し、観客の鼓膜が悲鳴を上げた。
安道流・空:『真空・絶』。
「――ッ!? 酸素が、……引き寄せられる!?」
木村の身体が、嵐の引き手が作り出した負圧によって前方に叩きつけられた。物理的な吸引力 F = \Delta P \cdot A。回避も防御も意味をなさない。世界が安道 嵐という名の「穴」に吸い込まれていく。
蒼い閃光が、道場の闇を切り裂く。
「面白い。……それでこそ、俺が認めた大将だッ!!」
木村の不協和音の連打が、真空を切り裂く「音の壁」となって咆哮する。
広島の地に、新しい伝説の産声が轟いた。
だが、その背後。三浦の杖が板間を叩く。
「……甘いな。二人とも。――世界の風は、もっと冷たいぞ」




