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からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第2部

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40/67

第40話:規格外の空(くう)、支配者の拳

『からくり空手』

第40話:規格外のくう、支配者の拳


 「準決勝大将戦——始め!!」

 後藤が立った。

 道着の袖が捲られたまま。第40話の終わりから、その状態は変わっていない。しかしリングに上がった瞬間、ドームのLEDマットが後藤のアーマー——『デウス・エクス・マキナ』——の人工神経と接続し、赤黒く変色した。リング全体が、後藤の「感覚器官」になった。

 「三浦さん」後藤が静かに言った。「私は一度だけ、秋吉のような空手家に負けた気がしたことがある。アンディが死んだ夜だ。——あの感覚の正体を、今日確かめにきました」

 三浦は答えなかった。ただ「三戦サンチン」の構えで、後藤を見た。

 後藤の最初の一撃は、説明なしに来た。

 構えは日拳の「波動立ち」。しかし放たれた拳の軌道は——アンディの正拳突きだった。数万人のデータを統合した末に、後藤が「最も有効な一撃」として選択した軌道。三浦はサンチンで受け止めたが、衝撃が全身を貫いた。

 【秋吉A 00 - 05 後藤1選抜】

 「三浦さん、あなたの浸透の波形も解析済みです」

 後藤の掌が三浦の胸元を撫でるように触れた。その瞬間、三浦の防御マブイが逆位相で霧散した。

 三浦が吐血した。膝を折った。

 後藤の猛攻が続く。日拳の面への連撃、極真の下段回し蹴り——三浦のあらゆる防御が、先読みされたカウンターで砕かれていく。

 【秋吉A 02 - 13 後藤1選抜】

 「三浦さん!!」嵐が叫んだ。

 三浦は静かに立ち上がった。ボロボロの道着の下、老いた達人のマブイが——凝縮されていくように、外から見えなくなっていく。

 「後藤殿。あなたは多くの『型』を奪い、統合した。しかし奪えるものは『形』に過ぎない」

 三浦は『クロオビ』の補助人工筋肉を全てパージした。剥き出しになった細い腕。骨と皮ばかりだ。

 「空手とは、己を空にすること。——形を捨てた私を、あなたの機械はどう計算しますか」

 後藤のセンサーが反応した。「形のない動き」のデータは持っている——シャオロンの「カオス的挙動」も、楊の「無響」も、すべて取り込んである。しかし三浦の動きは違った。カオスではない。無でもない。ただ——データとして「存在しない」。記録する前に、消えている。

 三浦が、歩くように前進した。

 後藤が踏み込んだ。全データを統合した最大の一撃——日拳と極真を融合させた正拳が、三浦の頭蓋へと迫る。

 三浦は避けなかった。

 その拳が触れる寸前、三浦の体が陽炎のように揺らいだ。後藤の「認識」から消えた。拳が空を切る感触。次の瞬間、三浦はすでに後藤の真横にいた——ほんの一歩、足を入れ替えただけの、人間の動作だ。

 三浦の右手が、後藤の胸部に触れた。

 浸透ではない。破壊でもない。ただ「触れた」。

 後藤の『デウス・エクス・マキナ』が、一つずつ、回路から光を失い始めた。音もなく。爆発もなく。ただ静かに、動かなくなっていく。システムの死は、沈黙として来た。

 【最終スコア:秋吉A 15 - 13 後藤1選抜】

 「勝者、三浦!!」

 後藤は砕け散ったアーマーの中で、天を仰いだ。驚愕ではなかった。長い間探していたものを、ようやく見つけた者の表情だった。

 「……計算が、なかった。魂の重さを——どこにも書いていなかった」

 静かな声だった。怒りでも、悔しさでもない。後藤という人間が、四十一話かけて初めて「計算できないもの」に触れた瞬間の声だった。

 秋吉会館、逆転勝利。ワールドカップ決勝進出。

 ドームが揺れた。しかし嵐には、その歓声が遠くに聞こえた。

 三浦が倒れていた。

 満足そうな笑みを浮かべたまま、静かに、マットへ。

 「三浦さん!?」

 嵐が駆け寄りながら、一つのことを考えていた。決勝の大将は——三浦さんが倒れたなら、大将は——

 答えは、まだ出なかった。

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