第39話:規格外の空(くう)、支配者の拳
「準決勝大将戦――始めッ!!」
ドームの電力がリングへ収束し、後藤の纏う『デウス・エクス・マキナ』がアリーナ全体のセンサーと同期した。いま、スタジアムそのものが後藤の巨大な「身体」と化す。
「アンディが死んだ夜、私はその型を我がものとした。……見なさい、三浦さん。これがシステムが完成させた『あなたの親友』だ」
後藤が放ったのは、アンディの正拳。数万のデータから抽出された「究極の直線」。三浦は『三戦』で受けるが、衝撃は三浦の骨を軋ませ、ドームを揺らした。
【秋吉A 00 - 05 後藤1選抜】
「解析完了。……あなたの防御マブイ、逆位相で打ち消します」後藤の掌が触れた瞬間、三浦の守りは霧散し、鮮血を吐いて膝を折った。
「後藤殿。……あなたは『型』を奪ったが、それはただの骸だ」
三浦は補助筋肉を手動パージした。長年の癒着を剥がす、肉の裂ける凄絶な音。カラン、と無機質な金属音が鳴り、そこには骨と皮ばかりの老いた人間の腕が現れた。
「己を空にする。……形を捨てた私を、どう計算しますか」
三浦が踏み出した瞬間、後藤の演算核が悲鳴を上げた。マブイ質量 M が M \to 0 へと収束。システムが三浦を認識しようとした瞬間、計算式は分母を失い、演算結果は無限大へと発散した。
《警告:ゼロ除算(Division by Zero)を検知。論理回路が――》
後藤の全力を乗せた突きが三浦の頭蓋を狙うが、三浦は陽炎のように消失した。
(――いない)
後藤が掴んだのは、ただの空気。三浦は既に死角に立ち、右手を後藤の胸部に「触れた」。
衝撃はない。ただ、静寂が訪れた。
『デウス・エクス・マキナ』の人工神経が、墨を流したように黒く沈黙していく。爆発ではない。システムが「無」をインストールされた瞬間の、凍りつくような死。
【最終スコア:秋吉A 15 - 13 後藤1選抜】「勝者、三浦義一ッ!!!!」
後藤は恍惚とした表情で膝を折った。「……魂の重さを、どこにも書いていなかったのか」
勝利の喝采はない。ただ一万の観衆が、達人の殉教に息を呑んだ。三浦の肉体は急速に熱を失い、周囲の湿気が氷の結晶となってリングに降り注ぐ。
嵐が駆け寄った。三浦の瞳に光はないが、その冷たい指先が嵐の『昇龍』に触れた。その瞬間、機体の脈動が止まり、三浦の最期の鼓動と同じ「一秒に一打」の重いリズムへ書き換わった。
「……嵐。……中身は、お前の拳が……知っている」
三浦の腕が、力なく垂れる。
嵐は三浦の遺志を、右腕に刻まれた「絶対零度の疼き」として受け取った。
立ち上がった嵐は、観客席で真顔になったビリーを見据えた。
「……俺が行く」
秋吉会館大将、安道 嵐。
二人の伝説を喰らった旋風が、いま、世界を終わらせるための最終決戦へ向かう。




