第37話:柔の檻、空の弾丸
「中堅戦――始めッ!!」
嵐の正拳が、水野の喉元を射抜かんと放たれる。だが白銀の装甲『ミズチ』を纏う水野は、その暴風を指先一本で迎え入れた。
嵐の拳が触れた刹那、水野の周囲にマブイの小さな渦が発生し、打撃の全エネルギーを光の糸として吸収、回転力へと置換した。
「無駄だよ、嵐くん。君の旋風は、僕の計算式の中ではただの定数に過ぎない」
【秋吉A 00 - 06 後藤1選抜】
打てば投げられ、蹴れば極められる。水野の義肢の隙間から覗く「正拳突きのタコ」が、彼が積み上げた執念を物語っていた。嵐は攻めに転じた水野の解剖学的な連打に、装甲を一枚ずつ剥ぎ取られていく。
(……力を出すから、利用される。なら……)
嵐は唐突に構えを解いた。
真空が、アリーナを支配した。嵐は『昇龍』の全システムを物理的に遮断。マブイという灯を消し、暗黒の深海へ身を投じる恐怖を噛み締めながら、ただの「鉄クズ」として水野の足元へ落下した。
「重いッ!? 変換する意志がないだと……!?」
百キロを超えるデッドウェイト(死重)が水野のジャイロ制御を空転させる。水野の計算は、意志なき質量の落下という「不条理」を前に致命的なバグを吐き出した。
(あんたの計算に抜けてたのは、叔父さんの言った『ただの人間』の重さだッ!!)
沈黙していた『昇龍』が、零距離で全マブイを解放した。
ドォォォォォォォォォォォォンッ!!
純粋な物理衝撃が、水野の白銀の義肢を内部から爆散させた。
【最終スコア:秋吉A 15 - 12 後藤1選抜】「――勝者、安道 嵐ッ!!!!」
嵐は湯気を立てる拳を見つめ、肩で息をした。水野は穏やかに微笑む。「……僕は、器の『器』を見誤っていたようだ」
貴賓席の後藤は、水野の敗北データをゴミ箱へフリックしながら呟いた。「0.02秒、演算が遅れたか。……修正が必要ですな」
「嵐、下がれ」
木村が、青いオイル(血)を滴らせる『隼』を鳴らし前に出た。爆破脱臼した右肩は、剥き出しのワイヤーで強引に固定されている。
「副将は俺が行く。……お前は、あいつの『帯』を解くために、力を残しておけ」
嵐の視線の先。アリーナの照明が後藤一人をスポットライトのように照らし出していた。後藤は、アンディのものと酷似した「古びた刺繍」の入った黒帯を、愛おしむように、しかし冷徹に締め直した。
安道 嵐の旋風。その真価を問う、システムの王との対峙まで、あと一戦。
木村の命を削る加速が、無響の空間を切り裂こうとしていた。




