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からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第2部

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34/67

第34話:背後の死神(アサシン・ストラングル)

『からくり空手』

第34話:背後の死神アサシン・ストラングル


 「副将戦——始め!!」

 三浦の声が落ちた瞬間、木村の目の前からオズワルドが消えた。

 速さではない。気配が消えた。マブイの波形が消えた。『ブラック・マンバ』の脚部に仕込まれた超小型消音ブースターが、床との摩擦をゼロに近づけ、物理的な死角へとオズワルドを滑り込ませた。

 「……消えた」

 冷たいマブイが、首の後ろに触れた。振り向く暇はなかった。オズワルドの腕が、背後から蛇のように絡みつく。

 「遅いよ、木村」

 【日本A 00 - 03 ブラジル】

 頚椎に微弱なパルスが走り、中枢神経が痺れ始める。「暗殺」の技だ。格闘技ではなく、生命活動を止めるための技術だ。木村は首に食い込む腕を引き剥がそうとした——しかし力を入れるほど、締めが深くなる。

 「一度背後を取られたら、逃げられない。君の千手も、後ろには届かないだろう」

 (届かない——)

 その言葉が、木村の奥底にある記憶に触れた。シャオロンに敗れた夜。「届かなかった」。加藤と相打ちになった夜。「あと少し、届かなかった」。

 (今度も、届かないのか)

 木村は目を閉じた。一瞬だけ。

 そして、口の端が歪んだ。苦悶ではない——何かが「決まった」時の、木村特有の表情だ。

 「柔術の連中は、どいつもこいつも理屈っぽくていけねえ」

 木村は、強引に引き剥がそうとするのをやめた。

 代わりに、『隼』の肩関節のリミッターを、からくり制御で意図的に破壊した。

 「なっ——肩を外したのか!?」

 木村の腕が、本来の可動域を無視して真後ろへ跳ね上がった。

 詠春拳の至近距離の理屈——「触れた瞬間、そこがゴール」。正面がゴールなら、背後もゴールだ。最短距離は、どの方向にも存在する。

 「面がダメなら、裏で打つまでだ!!」

 背後への連打が始まった。一秒間に二十発。オズワルドの顔面と心臓を交互に、正確に叩き続ける。

 オズワルドは締めを深くしようとした——意識を刈り取れれば、逆関節ごと無効化できる。しかし木村の連打が心臓の回路を先に乱した。締める指令が、体に届かない。

 締めが、緩んだ。

 オズワルドが距離を取ろうとした。

 木村は外れた肩を、からくりモーターで引き戻した。歯を食いしばる。骨が正しい位置に収まった瞬間、電流のような痛みが腕全体を走った。

 それでも、足は前に出た。

 「影の中まで追いかけてやるよ」

 木村の全身から青い火花が散る。『隼』が悲鳴を上げながら、限界出力に達した。木村は体を独楽のように高速回転させた——正面だけでなく、全方位へ打撃の壁を展開する。死角を消す。360度、どこへ逃げても、木村の拳がそこにある。

 再び背後を狙おうとしたオズワルドが、正面から拳を受けた。

 鈍い衝突音。オズワルドの細身の機体が防壁へと吹き飛び、そのまま沈んだ。

 「ダウン!!」

 【最終スコア:日本A 15 - 09 ブラジル】

 「勝者、木村!!」

 木村は火花を吹く肩を押さえ、その場に座り込んだ。笑っていた。

 田所がリングを見ていた。二連敗した後、ずっとバイザーを下げていた男が、今は上げていた。

 日本、二勝二敗。大将戦へ。

 三浦が立ち上がった。その瞬間、ブラジルベンチでシルバの視線がこちらへ向いた。

 嵐の右腕が疼いた。ジョージを倒した傷が、まだ残っている。しかしこの疼きは、その傷とは別の場所から来ていた。

 「三浦さん——シルバのマブイ、ジャングルの時と違う。あの時は『空』に向かっていた。今は——」

 言葉が続かなかった。表現できない何かだった。

 「……黒く、なってます」

 三浦は静かに帯を締め直した。「承知しています。彼が今日ここに持ってきたものを、空の心で受け止める——それだけです」

 シルバがリングへと歩き出した。その足元のマットが、わずかに沈んだ。

 大将戦。三浦対シルバ。ソウル・ドームが静まり返った。

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