第33話:深淵の牙(グラウンド・インパクト)
『からくり空手』
第33話:深淵の牙
嵐の鉄槌がジョージの背部装甲を叩いた。『昇龍』の加速装置が至近距離で炸裂し、衝撃がジョージの肺を圧迫する。
【日本A 03 - 08 ブラジル】
しかしジョージの目は、死んでいなかった。
叩きつけられた衝撃をそのまま「いなし」に変え、マットを支点にして体を反転させる。次の瞬間、ジョージの両足が嵐の胴体に絡みついた。
「背中を取ったくらいで勝ったと思うのは、柔術を知らない証拠だよ」
嵐の体がジョージの懐に引きずり込まれた。上下が入れ替わり、四肢が絡む。『アナコンダ・スキン』が嵐のアーマーの隙間に指先を潜り込ませ、内部の配線を引きちぎろうとする。
「くっ……離せ……!」
正拳を放とうとした。可動域が潰されている。出力を上げようとした。上げれば上げるほど、絞め技の支点になる。
ジョージの腕が頸動脈を締め上げた。三角絞め。嵐の視界の端が暗くなり始める。マブイの供給が細くなる。
(ビリーの時と同じ——いや、もっと深い)
暗闇の中で、締める力だけが鮮明に感じられた。首を、腕を、胴体を——ジョージの力が全方向から嵐を圧迫している。
その圧力が、嵐の体の中で「ある感覚」を生んだ。
当たっている。ジョージの力が、嵐の体に当たっている。当たっているなら——こちらからも、当たれる。
嵐は逃げるのをやめた。
絞められている肘を、ジョージの胸板に一点で押し当てる。打撃ではない。「昇龍」のパワーを振動に変える——三浦から盗んだ浸透の理屈を、この密着した状態で使う。
「見えた。あんたのマブイの——結び目だ」
振動が、ジョージ自身の腕を導線として走った。
ジョージの表情が変わった。驚愕ではない——それより深い、前提の崩壊だ。「絞める」という行為が「攻撃の経路」になった。柔術の根幹が、逆手に取られた。離そうとした。腕が言うことを聞かない。浸透が、神経ごと制御を奪っていた。
締めが、緩んだ。
嵐は腕を引き抜き、ジョージの顎下に掌底を突き上げた。ジョージの頭部が跳ね上がる。嵐はそのままマウントポジションを奪い、全体重を乗せた連打を叩き込んだ。
一撃、二撃、三撃。ジョージの抵抗が、数を重ねるたびに弱くなっていく。
【日本A 15 - 08 ブラジル】
「勝者、安道 嵐!!」
嵐はジョージの隣に転がった。右腕の装甲がひしゃげ、白煙が上がっている。
観客席で、田所がバイザーを下げた。視線を外した——しかし拳は、静かに握られていた。
「……まさか、自分を絞める力を逆利用するなんて」ジョージが苦笑した。「負けだ」
嵐は手を差し出した。ジョージはそれを握った。
日本、一勝二敗。崖っぷちに変わりはない。しかし田所が外した視線の先で、遠野が静かに右拳を握るのを、嵐は見た。
「次は俺の番だな」
木村が前に出た。対するブラジル代表副将、オズワルド。兄弟の中で最も寡黙な男だ。
リングサイドに立つオズワルドが、こちらへ視線を向けた瞬間——嵐の右腕の、まだ癒えていない傷が疼いた。熱ではない。冷たさだ。
「木村さん——気をつけて。あいつのマブイは、毒みたいだ」
木村は不敵に笑った。第21話で「最速の向こう側を少し見た」あの夜から、木村は毎朝の打ち込みで何かを変えようとしていた。千手は変わらない。しかしその千手の「意味」が、少し変わっていた。
「毒だろうが何だろうが——全部叩き落としてやる」
木村がリングへ歩いた。その背中を、嵐は疼く右腕を押さえながら見送った。




