第32話:深淵の牙(グラウンド・インパクト)
有明アリーナのマットは、二人の怪物を飲み込む地獄の底へと変貌していた。
嵐の放った鉄槌はジョージの背部装甲を震わせたが、ジョージは衝撃を支点に変え、蛇のごときうねりで嵐の首を捕らえた。
からくり柔術:『大蛇の三角絞め(アナコンダ・トライアングル)』。
「ぐ、……あ、が……ッ!!」
頚動脈への無慈悲な圧迫。マブイを吸い取る漆黒のスキンが嵐の意識を急激に刈り取っていく。視界の端から闇が広がり、ドームの歓声は水底の泡の音へ遠ざかった。
(境界線が消えた。なら……通れるはずだッ!)
嵐は逃げるのをやめ、首を絞めるジョージの右腕に己の肘を一点の針として押し当てた。駆動系を反転。全出力を打撃ではなく、数万ヘルツの破壊振動へ一点集中。
安道流・空:『浸透・針』。
――キ、ィィィィィィィィンッ!!
ジョージの腕を導線として、破壊の波が逆流する。
「バカな……! 僕の『締め』を、……増幅器に……ッ!?」
ジョージの人工筋肉が逆共鳴を起こし、内側からボロ布のごとく弾け飛んだ。嵐の指の骨もまた、過負荷でピシリと砕け散る。
締めが緩む。嵐はジョージの胸倉を掴み、上下を入れ替えた。跨った嵐は、感覚の消えた右拳をただの鉄塊として叩きつけ続けた。
ドォン、ドォン、ドォンッ!!
板間が砕け、ジョージのバイザーが粉砕される。
【日本A 15 - 08 ブラジル】「――勝者、安道 嵐ッ!!!!」
「はは……兄さんが、お前を腐らせる……」
ジョージは呪詛を吐きながら気絶した。嵐は砕けた指を左手で強引に固め、真っ赤に焼けた『昇龍』から煙を上げながら、執念で立ってリングを降りた。
副将戦。リングに上がった兄、オズワルド。彼が放つ漆黒の『デス・マブイ』により、リングサイドに飾られた花が一瞬で黒く腐り落ちた。アリーナの照明が不気味な紫色に歪む。
「……木村さん。あいつ、……生きてない」
嵐の警告。だが、木村は不敵に笑い、自らの『隼』の装甲をすべてパージした。剥き出しのフレーム。
「毒だろうが何だろうが、腐る暇もねぇ速度で叩き切るだけだ」
木村の視覚センサーが毒で壊れ、世界がモノクロに染まる。
「色のねぇ世界の方が、敵の『重心』がよく見えるぜ。……行くぞ、死神」
安道流・最速の翼。毒の海を切り裂く、命懸けの超短時間決戦が幕を開ける。




