第3話:戦慄の左ハイ
『からくり空手』
第3話:戦慄の左ハイ
成田国際空港の到着ロビーに、異様な威圧感を放つ男が降り立った。
ミルカラス。からくり空手クロアチア王者であり、世界大会でも「戦慄の処刑人」と恐れられる男だ。左脚に装着された特注の義肢「ボルト」は、一撃でマブイ回路をショートさせ、相手を即死に近い昏睡状態へと叩き落とす。
「……日本か。アンディのいないこの国に、もはや見るべきものはないと思っていたが」
ミルカラスの前に黒塗りの高級車が止まり、後部座席から後藤道場の主・後藤が降りた。
「歓迎しよう、ミルカラス。アンディの『クロオビ』を継承した少年が現れた。それだけのことだ」
「……アンディの甥か。葬式代わりの手向けにはなるだろう」
ミルカラスは表情一つ変えず車に乗り込んだ。そのマブイは、周囲の空港利用者たちが無意識に避けるほど、冷たく鋭く研ぎ澄まされていた。
一方、秋吉道場では、安道 嵐が悲鳴を上げる肉体と格闘していた。
電源を切った『クロオビ』の重量は五十キロ。それを纏ったまま山道を駆け下り、一滴もこぼさずに水瓶へ水を運ぶ。足元がふらつく。膝のからくり関節が皮膚を噛み、生身の肉に食い込む。それでも嵐は止まらなかった。叔父アンディがこの重みに耐え、あの軽やかな「旋風」を放っていたのだと信じているからだ。
「……甘いな。マブイが乱れている」
背後から声をかけたのは、田所だった。アーマー『ビースト』の出力を解放し、岩を素手で握りつぶしながら嵐を睨みつける。
「坊主、お前みたいな軟弱者が『クロオビ』を継ぐなんて、アンディへの冒涜だ。俺がそのガラクタを叩き壊してやるよ」
野獣のような咆哮と共に田所が突進する。電源の切れた『クロオビ』はただの重しだ。嵐がガードを固める間もなく、重い一撃が腹部を捉え、数メートル吹き飛んだ。
「電源を入れろよ! それとも、そのまま死ぬか?」
田所が追い打ちをかけようとした、その瞬間——道場の空気が凍りついた。
山道の入り口に、ミルカラスが立っていた。
「……これがアンディの甥か。泥にまみれた敗犬のようだ」
田所は苛立ち、ターゲットをミルカラスへと変えた。
「あぁ? どこの馬の骨か知らねえが、秋吉道場に土足で——」
言葉は最後まで続かなかった。ミルカラスは一歩も動いていないように見えた。しかし次の瞬間、青白い火花が散り、左足が田所の首筋にめり込んでいた。義肢『ボルト』による超高電圧の浸透。『ビースト』を纏った田所は、叫ぶ暇もなく白目を剥いて崩れ落ちた。
「マブイの無駄遣いだ。この程度のレベルか、今の日本は」
嵐は戦慄した。最新鋭のアーマーを纏った先輩が、まるで呼吸するような自然な動作で一撃のもとに沈められた。
ミルカラスの視線が、嵐へと向けられる。
「安道 嵐。お前の中にアンディの欠片を探しに来たが……無駄だったようだな」
踵を返そうとするミルカラスに、嵐は震える腕で地面を突いて立ち上がった。『クロオビ』はまだ沈黙している。マブイも空っぽだ。それでも、その瞳には消えない火が灯っていた。
「……まだ、終わってない」
ミルカラスが、初めてわずかに眉を動かした。
「ならば一ヶ月後、後藤道場主催のオープン・トーナメントに来い。そのアーマーごと、貴様を『解体』してやる」
ミルカラスが去った後、静寂の戻った道場に秋吉が現れた。
「見たか、嵐。あれが世界の壁だ。お前が今やっているのは、その壁を素手で殴るための準備に過ぎん」
嵐は遠ざかるミルカラスの背中を、悔しさと、そして生まれて初めて味わう武者震いの中で、じっと見つめ続けていた。




