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からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第1部

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第2話:空(から)の洗礼

山を覆う濃緑の湿気が、肌にまとわりつく。

 都心のネオンを拒絶する山裾に、秋吉道場は鎮座していた。古びた畳の匂いと、骨を震わせるほどに抑制された機械の唸り。門を潜った瞬間、嵐の胸に抱えた『クロオビ』が、共鳴するように微かに脈打った。

「来たか。アンディの亡霊に憑かれた少年」

 道場の中央、秋吉はアーマーを纏わぬ素の道着姿で立っていた。だがその存在感は、最新鋭の重装甲機よりなお巨大な「壁」となって嵐を圧する。

「秋吉さん。俺を、本物にしてくれ」

「本物だと? 抜かせ。今の貴様は、『クロオビ』の奇跡に食わせてもらっているだけの寄生虫だ」

 秋吉が顎で示すと、傍らの木村が不敵に笑った。

「坊主。そのクロオビのメイン電源を落とせ」

「電源を? そんなことをしたら、ただの八十キロの鉄塊だぞ」

「動かすんだよ。マブイ(魂)の力でな」

 首筋のスイッチをバイパスモードへ切り替えた瞬間、視界が歪んだ。八十キロのデッドウェイトが、容赦なく嵐の背骨を、膝を、肺を押し潰す。一呼吸するだけで、肋骨が軋む音が聞こえた。

「始め」

 秋吉の号令と同時に、木村の姿がかき消えた。

(どこだ……! センサーが動かない!)

「どこを見てる、坊主。機械からくりが死んだら、お前も死ぬのか?」

 声は真後ろ。振り返るよりも早く、木村の指先が嵐の頸椎をかすめた。痛みはない。だが一点に凝縮された衝撃が沈黙した『クロオビ』のフレームを逆流し、嵐の脳を直接揺さぶる。

「がはっ……!」

「からくりは『増幅器』だ。元のマブイがゼロなら、何を掛けてもゼロのままだぜ」

 木村の連撃が続く。嵐は手も足も出ない。悔しさと酸欠で視界が赤く染まる。強引に右拳を振ろうとした瞬間、マブイの乱れを検知した安全装置がチタンの関節をロックした。焼けた金属が皮膚を灼き、嵐は悲鳴を上げて転倒した。

「マブイが『叫んで』いるな。それは対話ではない、略奪だ」

 秋吉が冷ややかに見下ろす。

「空手の『空』とは、器であることを意味する。お前のマブイは溢れ出るだけの泥水だ。まず針を通すほどの『スジ』へと磨け」

 秋吉は、道場の裏に並ぶ巨大な水瓶を指した。

「今日から一ヶ月、沈黙したアーマーを纏ったまま山頂の湧き水をここまで運べ。一滴でもこぼせば、アンディの遺志はお前から離れると思え」

 同じ夜、湾岸の超高層オフィス。後藤道場主は、破砕された『ライノ』の戦闘ログを凝視していた。

「……演算上の到達確率、ゼロ。精神エネルギーによる構造破壊か」

 後藤は冷徹な手つきでインターコムを叩く。

「メキシコの『ミルカラス』を呼べ。日本の古臭い幽霊を、論理ロジックで解体してやれ」

 夜霧の山道。嵐の荒い呼吸と、重い鉄が擦れる音だけが響く。

(重い……。だけど、少しだけ分かるんだ。アンディ叔父さんが、この鉄の中で何を感じていたか)

 意識を「空」に近づけた、その瞬間。

 カチリ。

 一瞬だけ、『クロオビ』の関節が羽のように軽くなった。

 嵐は自分の手を見つめる。孤独な闘いの果てに、少年と機械の境界線が、静かに溶け始めていた。

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