第29話:龍を喰らうモノリス
「予選Aブロック第三試合――西大陸・九龍ジム、対、ジャパウ国・後藤道場第三選抜!」
リング上に並ぶのは、寸分違わぬ五つの『モノリス・量産型』。ドーベルマン特有の個体差すら手術で削ぎ落とされた彼らの単眼センサーが、西大陸勢のあらゆる情報を無機質な走査線で読み取っていく。彼らに名はない。共有されたマブイ・ネットワークによって統合された一つの「処理装置」だ。
先鋒、サルーキ獣人の加藤が消失する。変幻自在な猟犬の『連環牙』。だが、ユニット01は一拍遅れて正確にその拳を叩き落とした。これは予測ではない、五体による多角的な「確定情報の共有」だ。
「……フェイントの有効性、0.3%。無駄です」
ドォン! 後藤田と呼ばれる個体の無機質な一撃。加藤のマスクが粉砕され、彼は猟犬の誇りごとマットに沈んだ。次鋒、中堅、副将。セントバーナードのノリスもブルドッグのアブダビブルも、ただの「教師データ」として消費され、最適化された一撃に屠られていく。
すでに九龍チームの敗退は決した。圧倒的なポイント差による絶望。
「山口と言ったか。お前の主に伝えておけ。――獣の牙は、数式では折れん」
消化試合となった大将戦。チャウチャウ獣人のリ・シャオロンが、太い尻尾のヌンチャクを抜かずに前に出た。ドーベルマンの山口(ユニット05)が踏み込む刹那、コロシアム中の蒸気計器が狂い、歯車のメーターが異常なノイズを吐き出した。
《警告:入力値が定義域外。マブイ波形――計量不能》
シャオロンが動いた。加速の予兆もなく、ただ「あるべき破壊」が既に山口の内側に存在していた。
――ビシィィィィィン!!
情報の過負荷に耐えきれず、山口の装甲が白煙を上げて溶解。延髄に直接打ち込まれていた演算歯車が焼き切れ、彼は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「演算を棄てろ。――獣の血で喰らいつけ」
伝説の怪獅の牙が、機械の空虚を斬り伏せた。
【大将戦スコア:計量不能(完全KO)】「勝者、リ・シャオロン!」
だが、チームとしては敗北。西大陸・九龍の予選敗退が巨大な歯車掲示板に刻まれる。貴賓席に座る後藤が、敗れた弟子たちの波形データを、重厚なレバーを引いて冷酷に「ゴミ箱」へ破棄した。
「シャオロン。あなたの弟子は規律の一部として消費された。野犬が一匹吠えたところで、時代の歯車は止まらない」
「後藤。お前の作っているのは、脆く砕けるただの『氷』だ」
シャオロンはリングを降り、小柄なパグ獣人・嵐の剥き出しの右肩――生肉と癒着した異端の有機からくり腕に、熱い手を置いた。その瞬間、嵐の脈打つ血管の深部へ、解析不能な「究極の波形」が静かに流し込まれる。
「……嵐。あのシステムを壊せるのは、お前の歪みねぇマブイだけだ」
嵐は去りゆく伝説の分厚い背中を見送り、異形の右拳を握りしめた。野性の怒りに呼応し、有機からくりの金属繊維が赤熱して変色していく。
コロシアムの巨大掲示板がガシャンと音を立てて切り替わる。決勝トーナメント第一試合。
【安道嵐 VS 後藤道場第一選抜:ゼロ・エントロピー】
「……ただの計算だ」
後藤の呟きが冷たく響く。だがその手元の端末には、シャオロンが残した「計量不能」の文字が、消えない火花のように明滅していた。




