第30話:自由の反撃(フィロソフィー・リベンジ)
「本戦トーナメント第一回戦――西大陸連合代表、対、後藤道場第三選抜!」
新羅のK・マブイ・コロシアム。そこには後藤の無機質な「システム」に対し、五頭の「狂犬」が立っていた。アフガンハウンドのカズヤ、ボクサー獣人のダン、ドゴ・アルヘンティーノ獣人のヴァン。そして大将、ピットブルのビリー。彼らの剥き出しの闘争心とからくりから漏れるマブイは、周囲の因果律を物理的に捻じ曲げていた。
「……歪みねぇな」
嵐は観客席で、己の右肩から先――有機からくり腕がかつてない獣のハウリングを起こすのを感じた。
先鋒戦。カズヤの優美な人工筋肉が、同時に十通りの始点を描く。
《警告:予測分岐数が許容限界を超過。確率分布、発散――》
「計算機には、俺みたいな『生きた水』の殺し方は載ってねぇんだよッ!」
演算がフリーズした後藤田の隙間に、アフガンハウンドの不可視の合気が食い込む。システムが正解を探す間に、獣の肉体という「事実」が敵を沈めた。中堅ヴァンは中和フィールドを無視し、ただの「質量(石)」となった分厚い拳で、演算歯車を物理的に圧殺した。規格化された獣という枠を、彼らが内側から噛み破る。
大将戦。山口の音速の直突きを、ビリーは一歩も退かずにピットブルの厚い胸板で受け止めた。
「悩みのないお前たちの均質な拳で、誰の魂が動かせるっていうんだ。俺は……己の醜さも、貴様らの機械の構造も、すべてを愛しているからこそ、正しく壊すッ!」
ビリーの闘犬としての重圧に、山口の単眼センサーが初めて「未知の恐怖」を投影した。太い腕での絶対的な噛み付き(ホールド)からの渾身のバックドロップが、コロシアムの床を粉砕し、システムの権化を脳天から突き刺した。
【最終スコア:西大陸連合 15 - 03 後藤道場】「勝者、ビリーッ!!」
獣たちの狂乱の歓声の中、貴賓席の後藤は無機質に微笑んだ。タブレットの先では、コロシアム中のモノリスが一斉にビリーと同じ構えを同期させている。
「非定型データの回収完了。……安道嵐くん。君たち野犬を『解剖(処理)』するための歯車が、また一つ噛み合いましたよ」
ビリーはリングから嵐に、血まみれの犬歯を見せて不気味な笑みを投げた。「次はお前だ、嵐。正しく壊されに来い」
嵐は立ち上がり、第二試合のゲートへ歩み出した。対角には、南大陸代表、ブラジリアン・マスティフ獣人のシルバ。
アマゾンの密林で激突した軽快な猛禽は、今や全地球の質量を背負った「不動の引力」へと変異していた。彼が踏みしめる一歩ごとに、コロシアムの蒸気ネオンの光が屈折し、駆動音が遅れて届く。
ピチャリ、と。シルバの圧倒的な引力に引かれ、嵐の右腕――生肉とからくりの接合部が悲鳴を上げ、黒い血が床に滴り落ちた。
「……嵐。南大陸の泥が、お前のマブイを懐かしがっているぞ」
シルバが床に分厚い獣耳を当て、地鳴りのような声で囁く。
再戦。重力。そして変異。パグ獣人・安道嵐の真の地獄が、今ここから加速する。




