第28話:規格化される暴力(システム・オブ・バイオレンス)
「予選Aブロック第二試合――東大陸・新羅第一選抜、対、後藤道場第二選抜!」
新羅のK・マブイ・コロシアムが、冷徹な過冷却蒸気のホワイトアウトに包まれた。現れたのは五頭の格闘家ではない。寸分違わぬ漆黒の装甲『モノリス・量産型』を纏い、歯車の駆動音までミリ秒単位で同期された「暴力の工場」だ。すべてが後藤と同じドーベルマンの獣人だが、毛色や体格の個体差すら手術で削ぎ落とされた異様な群れだった。
「……全頭の波形が、単一の親機に接続されている」
琉球犬の三浦の険しい声。先鋒・長島の『モノリス』は、新羅の天才である珍島犬の獣人・洪が細い脚を振り上げる前に、控えの四頭と共有した歯車の演算データから、既に「処理」の答えを導き出していた。
「計測完了。――処理を開始する」
洪の会心の蹴りは、長島の装甲表面の微細な油圧振動によって無機質に相殺された。長島の放った直突きは最短距離、最大効率。洪のアーマーは干渉の死角を突かれ、悲鳴を上げて内部から爆散した。
大将戦。珍島犬の金子が自らのマブイを自爆寸前まで加熱させ、福田の太い腕を関節技で捕らえた。システムに一瞬のノイズが走る。だが、福田の装甲から過冷却の白煙が噴き出した。
「個別の熱は、群れの平均値によって補正される。……野犬の怒りは、今、我々という規格の一部になった」
福田は極められた腕を自らパージし、無防備な金子の眉間を鋼鉄の拳で叩き潰した。拍手すら起きない。そこにあるのは、機械の稼働後の冷たい排熱だけだった。
嵐がリングを見つめていると、背後から濃密な血の匂いが差した。ドーベルマン獣人、後藤だ。
「旧いですね。実に、旧い」
後藤は嵐の首のドッグタグを重厚な端末で読み取り、冷酷に告げた。「安道嵐くん。君の空手は手書きの古文書だ。野性の匂いがして美しくはあるが、再現性がない。私はそれを、誰もが使える『普遍的な言語』へ翻訳しているのですよ」
「……あんたの薄っぺらい計算機じゃ、俺の牙の痛みは、一文字も綴れない」
その瞬間、嵐の右肩から先――生肉と金属がグロテスクに癒着した有機からくり腕が、かつてない激しさでハウリング(共鳴)を起こした。太い血管が異常に脈打ち、風圧だけで周囲のガラスモニターに亀裂が走る。装甲の剥がれた獣の皮膚に、叔父アンディがかつて負ったものと同じ「十字の痣」が、黒く脈動しながら浮かび上がった。
「……一ヶ月です、嵐くん。それは特訓期間ではない。我々のシステムが、君という獣のバグを解剖し、学習するための『アップデート期間』だ」
後藤が冷笑を残して去った後、嵐は自分の異形の右拳を、血が滲むほど握りしめた。
システムに勝てるのは、計算の限界を焼き切る泥臭い「獣の不条理」だけだ。
パグの獣人、安道嵐。彼がアンディの執念を背負い、規格化された無機質な世界へ「最後の手書きの怒り」を叩き込むための地獄の特訓が、再び始まる。




