第24話:15点の攻防(ポイント・タクティクス)
『からくり空手』
第24話:15点の攻防
「KARAKURI WORLD CUP 2026、予選Aブロック第1試合——日本Aチーム対韓国第二選抜!」
K・マブイ・ドームのLEDマットに、大きな数字が浮かんだ。
【00 - 00】
制限時間五分。十五点先取。ダウン三点、クリーンヒット一〜二点。これが今大会から導入された競技ルールだ。「倒れるまで殴り合う」時代は終わった。ここでは五分間の「計算」が、拳と同じくらい武器になる。
「いいか、田所。攻め急ぐな」
セコンドの秋吉が、新調されたアーマー『ビースト・防』の最終確認をしながら言った。日拳の「面」と「胴」を模した防具構造——田所がソウル入り直前に秋吉と二人で決めた、このワールドカップのための答えだ。
「なぜ日拳を選んだか、分かるか」と秋吉が問い、田所は「突きと投げが一つになってる。テコンドーの間合いを潰すのに、これしかない」と答えた。あの夜の会話が、今日ここに結実している。
「分かってますよ」田所は日拳特有の「面」のバイザーを下げた。「ルールの中でも、野獣の牙は研いである」
対する韓国第二選抜の先鋒、アン。からくり義肢『スカイ・ダンサー』は噴射口を内蔵した超軽量型で、すでにリングを軽やかに弾んでいる。その目は田所のアーマーをスキャンしているが——スコアボードを、より長く見ていた。
観客席の李が、腕を組んだまま田所だけを見ていた。スコアボードには一度も目を向けなかった。
「始め!!」
アンが動いた。間合いを一瞬で詰め、連続回し蹴りが田所のガードを叩く。
バンッ、バンッ。
深く踏み込まない。触れて、離れる。【日本 00 - 02 韓国】。スコアが動いた。
(ポイントを積んで、時間を食う気か)
嵐は観客席で状況を読んだ。アンの戦術は明確だ。からくりの加速を利用した「触れる打撃」で点数を重ね、残り時間が少なくなれば距離を取り続ける。力ではなく計算で勝つ——それがアンの誇りだ。
しかしその誇りが、今日の相手には通じるのかどうか。アンはまだ分かっていなかった。
「……逃がさねえよ」
田所は「波動立ち」から地を這うタックルを仕掛けた。アンが空中で身を翻し、飛び前蹴りで迎撃しようとする——そこだ。田所は日拳の「横受け」で蹴りを逸らしながら、アンの軸足に体を預けた。
アンの細い機体が宙を舞い、背中からマットに落ちた。
「ダウン!!」
【日本 03 - 02 韓国】。
アンは立ち上がりながら、一瞬だけ自分のスラスターを見た。まだ出力は残っている。距離を取り直せる——しかし、この男は距離を詰めてくる速度が、自分の噴射より速い。計算が、崩れ始めていた。
残り二分。【日本 08 - 05 韓国】。
「アン! 距離を取れ、ジンガを使え!」
スンヒョンの叱咤が飛んだ。声に苛立ちはない——仲間が追い詰められていく焦りでもない。純粋に、戦術の修正を求める、大将の冷静な計算だ。
アンはスラスターを最大出力で噴射し、距離を取ろうとした。あと七点を守り切れれば、タイムアップで勝てる。
田所はそれを追わなかった。
追う代わりに、重心を落とした。日拳の「防具を盾にした突進」——装甲を正面に向け、前へ向かって「壁」として動く。アンがどの角度から仕掛けても、常に田所の正面が待っている。距離を取りながら点数を守ろうとするアンの計算が、「壁が動いてくる」という事態に対応できていない。
残り四十五秒。【日本 11 - 05 韓国】。あと四点で決まる。
「……終わりだ」
田所がアンの蹴り足を脇に抱え込み、顔面へ直突きを叩き込んだ。
ドォン。
アンのバイザーが砕け、彼はマットに沈んだ。カウントを待つまでもなかった。
【日本 15 - 05 韓国】
「勝者、田所!!」
田所はバイザーを上げた。倒れたアンへ、一歩踏み出した。
手を伸ばしかけた。
止めた。
次の試合に向かうためだ——そう自分に言い聞かせながら、本当にそれだけなのかは、自分でも分からなかった。無言で自陣へ引き上げる。
アンはゆっくりと上体を起こし、砕けたバイザーを手で拾った。誰の助けも借りず、自分でリングを出た。
次鋒戦のリングに、李が歩み出た。その目は田所ではなく、マットに残ったアンの轍を見ていた。スコアボードは、まだ一度も見ていない。
「……汚い空手だ」李が静かに言った。「次は、我がテコンドーの真実を刻んでやる」
遠野が前に出た。『クロオビ・岩鉄』の警告センサーが、李のマブイを「空白」として認識していた——ノリスの時と同じ、あの感触だ。




