第23話:魂の都(ソウル)、開戦の咆哮
二〇二六年、秋。
仁川国際空港のゲートを抜けた瞬間、安道 嵐は「世界」の毒気に当てられた。視界を埋め尽くすのは、数百のホログラムが狂騒を踊るネオンの海。その巨大な文字から放たれる光は、マブイを電気信号へと強制変換し、増幅させる暴力的な高揚感を孕んでいた。
「マブイ出力を規定のプロトコルに従い公開してください」
無機質な自動音声と共に、青いレーザーが嵐をなぞる。魂を汚れた指で直接掴まれるような不快感。モニターに表示された数値「88,400」。その横で、韓国代表チェ・スンヒョンの数値は「測定不能(OVER LIMIT)」の白光を放っていた。
「君の敗因を計算しておいたよ、安道 嵐」
振り返ると、白き極薄装甲『ペガサス』を纏うスンヒョンが立っていた。彼の一歩は「予備動作」を脳の電気信号ごと消去するからくり合気。嵐が気づいた時には、そのつま先が右目の数ミリ前で静止していた。
「僕たちはマブイを『演算』している。……爆発は、計算には勝てない」
スンヒョンが去った後、嵐の『昇龍』の視界に、ソウルの公衆網からの強制アクセスが割り込んだ。
《警告:未登録のマブイ波形を検知。即時の規格化を推奨します》
「フォーマットだと……? ふざけんな」
貴賓席で冷徹なデータを収集する後藤を睨みつけ、嵐は屋上の手すりを強く握りしめた。
その夜、江南のホテルの屋上。
眼下の光の海は、魂を数字で管理する巨大な回路そのものだ。
「秋吉館長。叔父さんも、この冷たい数字と戦ったんですか」
「ああ。アンディはここで、計算機を『狂わせる』ことで生き残った」
嵐は、右腕の有機組織がジャングルの生命力を孕んで不気味にドクンと跳ねるのを感じた。
カチッ。
『昇龍』の排気ダクトから、青白い蒸気が立ち昇る。
「俺を数字にできると思うなよ。……俺の魂を数えるつもりなら、その算盤ごと叩き割ってやる」
嵐が虚空へ放った静かな正拳。その風圧が、空中に浮かぶ巨大な広告ホログラムを一瞬だけ、バグのようなノイズで切り裂いた。
管理社会の空に、初めて「バグ」という名の旋風が吹き抜ける。
予選第一戦、日本対韓国。
安道 嵐。彼が「規格」という名の檻を壊し、真の野性を解き放つまで――あと、十二時間。




