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からくり空手  作者: 水前寺鯉太郎
第2部

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22/84

第22話:空(くう)と水(みず)

 秋吉道場。そこは今、地図から消されていた。

 三浦義一とリ・シャオロン。二人の達人が放つマブイの干渉が、半径十メートルの因果律を書き換え、現実を歪めていた。門下生たちの網膜にはノイズが走り、嵐の『昇龍』は目の前の光景を格闘と認識できず、「神域への侵入」というエラーを乱打している。

 「始めッ!!」

 三浦の号令と同時にシャオロンが爆発した。超高速のヌンチャクが描く螺旋は、空間を削り取る死のドリル。一撃ごとに柱を風圧で断ち切る旋風を、三浦は避けなかった。衝撃が着弾するたび『岩鉄』から火花が散るが、三浦は一ミリも揺らがない。

 (流しているんじゃない。折れた右腕を導管バイパスにして、衝撃を飲み込んでいるんだ!)

 「Be Water, my friend……!」

 シャオロンが跳んだ。ヌンチャクの遠心力で加速された超音速のサイドキック。三浦は左掌でそれを受け止めた。

 「……リ殿。あなたの『水』、飲み込ませていただきます」

 沖縄空手秘奥『マブイ浸透・ゼロ』。三浦の左手を通じ「大地の静止」が逆流し、シャオロンの『ドラゴン・コア』を絶対零度の氷で凍結させた。伝説の男が止まる。その刹那、三浦は死んでいるはずの右腕をムチのように振り上げた。

 「――流れるだけが、水ではないッ!!」

 シャオロンがマブイを爆発させ、内側から『コア』を粉砕した。機械の理を捨てた、純粋な魂の暴走。二人の拳が交差した瞬間、道場全体の照明が破裂し、アリーナの防壁が紙細工のように吹き飛んだ。

 暗闇に非常用電源が灯る。二人の足元の板間はクレーター状に陥没し、その中心で互いの拳が喉元、心臓の数ミリ先で静止していた。

 「……あぶねぇ。秋吉、いいところで止めるな」

 シャオロンが真っ白な歯を見せて笑い、三浦は深く、静かに一礼した。三浦の右腕はマブイの過負荷で黒い石のように硬化し、もはや二度と動くことはない。だが、その瞳には勝利を超えた光が宿っていた。

 「負けだ、秋吉。寿司に行くぞッ! 貸し切りだッ!!」

 シャオロンの爆笑が重圧を吹き飛ばす。嵐は二人の激突で弾け飛んだ装甲の破片を拾い上げた。焼けるような熱。その「痛み」が、嵐の『昇龍』の深部へ、二人の究極の波形を消えない残像として刻み込んだ。

 アリーナの外。雨に濡れた街角。

 傘も差さずに立つコートの男が、道場から漏れる残光を冷徹に見ていた。男が呟くと、周囲の電光掲示板がノイズを走り、一斉に暗転した。足元には、オゾン臭と共に、踏みにじられた「黒い百合」の花びらが散っている。

 「……安道 嵐。ワールドカップの舞台は武の聖地ではない。……ただの墓場だ」

 男が去ったあと、溶けたアスファルトだけが残された。

 嵐が掴んだ「掌の予感」が、真の絶望へ変わるまで、あと百日。

 旋風は、さらに巨大な渦を巻き、世界を飲み込もうとしていた。

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