第21話:継承と止打(ストップ・ヒット)
秋吉道場の板間が、高周波の駆動音で悲鳴を上げた。
副将戦。そこに立つのは、速度を神格化したサルーキ獣人の加藤と、その速度を「歪み」で食い破らんとするサイトハウンド獣人の木村。視覚猟犬同士の、極限の速度戦。
「始めッ!!」
木村が消失した。極限の動体視力が生む一秒間に三十発の連撃。獲物を噛みちぎる猟犬の連環牙。
加藤は一歩も引かない。細く研ぎ澄まされた彼の指先が、木村の拳が最高速に達する前の「兆し」を的確に叩き落とした。西方大陸の絶技『截撃』。
「あなたの速さは、過去の数式に過ぎない」
精密機械の如き加藤の突きが、木村の装甲を内側から歪ませる。絶望が木村の胸を掠めた瞬間、リングサイドからピットブル獣人のビリーの野蛮な咆哮が飛んだ。「綺麗に計算してんじゃねえ! 猟犬なら計算機ごと噛みちぎれッ!」
木村の瞳が赤く染まった。彼は『燕』のOSを自らの牙で焼き切り、マブイを剥き出しのモーターへ直結させた。
「答えなんざ、俺も知らねぇよッ!!」
制御を失った義肢が、熱せられたオイルを撒き散らしながら十数本の残像へと膨れ上がる。――狂犬の多頭牙。
予測不能の泥臭いエラーに、加藤のグリーン・マスクが火花を吹いた。
「マニュアル制御だと!? 獣に還るなど、狂っている!」
「殺しに来い、加藤! お前の『理』で、俺の『意地』を止めてみろッ!」
刹那、木村の右拳がグリーン・マスクを粉々に砕いた。同時に、加藤の最短距離の右ストレートが、木村の心臓を射抜いた。
ドォォォォォォォォォォォォンッ!!
白熱する閃光。二頭の猟犬は壁を粉砕して崩れ落ち、動かない。加藤は細い口から血を吐きながら「計算が……狂ったのは初めてだ……」と戦慄し、木村は薄れる意識の中で「少しは牙が届いたかよ、伝説」と不敵に笑った。
「……引き分けッ!!」三浦の宣告。だがその声は、次に来る終焉を前に震えていた。
「さて。……最後だ、秋吉。俺の茶が冷める前に、その『薪』を燃やし尽くせ」
チャウチャウ獣人のリ・シャオロンが、分厚いタテガミを揺らして静かに立ち上がった。彼が自身の太い尻尾と直結した可変式ヌンチャクを解いた瞬間、油圧と重厚な歯車が不気味な重低音を発し、道場の隙間に潜む害虫がその殺気だけで一斉に絶命した。
琉球犬の獣人、三浦が前に出る。右のからくり腕を失ったことで、彼のマブイの重心は狂気的なまでに一点へと定まっていた。
「リ・シャオロン殿。……腕一本を薪に、南流の『空』の深さ……お見せしましょう」
三浦が深く太い呼吸をし、サンチンの構えを取る。その周囲の空気が重油のように重く硬化し、シャオロンの神速を拒絶する「絶対領域」へと変貌した。
「理を捨てろ、三浦。獣の血で、お前の『死』を俺に刻んでみろ」
シャオロンが「動く」という予備動作を、世界の時間軸から消去した。
一歩踏み出す描写もなく、気づけば油圧の唸りを上げる伝説のヌンチャクが、三浦の眉間数ミリまで迫っていた。
大将戦。からくり空手の歴史を終わらせる、破壊の秒読みが始まった。




