第2話:空(から)の洗礼
『からくり空手』
第2話:空の洗礼
秋吉道場は、近代的なビルが立ち並ぶ都市部から離れた山裾に佇む、古びた廃寺を改装した場所だった。「からくり」という最新技術を扱う場所には到底見えない。しかし、門を潜った瞬間に漂う空気の重さに、安道 嵐は息を呑んだ。
「……マブイの密度が、外と違う」
道場の中央では、三人の男たちが組手をしていた。目にも止まらぬ速さで突きを繰り出す細身の男・木村。岩のように微動だにせず重厚な構えを見せる遠野。そして独特の呼吸法と共に、からくり義肢の軋む音さえさせずに動く三浦。彼らの動きには、嵐が先夜倒した石嶺のような「機械への依存」が一切なかった。
「来たか、アンディの甥」
奥から現れた秋吉は、伝説のアーマー『オーガ』を纏っていない。ただの道着姿だ。しかしその存在感だけで、嵐の『クロオビ』がかすかに共鳴し、警告音を鳴らした。
「秋吉さん、俺を鍛えてくれ。叔父さんの『クロオビ』を使いこなしたいんだ」
組手を止めた三人が冷ややかな視線を送る中、沖縄空手流の使い手・三浦が静かに前に出た。
「坊主。そのアンティークを動かせたからと言って、いい気にならないことだ。……木村、やってやれ」
詠春拳流の木村が、不敵に笑いながら嵐の前に立つ。
「まずは『クロオビ』の電源を切れ。そんな重いもん背負ってたら、俺の突きは見えねえぞ」
「電源を……切る?」
戸惑いながらもスイッチをオフにした瞬間、数十キロの鉄の重みが全身に襲いかかる。立っているのが精一杯だ。
「始め」
秋吉の合図と同時に、木村が動いた。速い——いや、速すぎる。ガードを固める暇もなく、木村の拳が急所を的確に、かつ軽く叩いていく。一撃一撃は軽い。しかしその衝撃が『クロオビ』のフレームを通して、嵐の神経を直接揺さぶった。
「くっ……!」
たまらず嵐は、強引に『クロオビ』を起動させようとマブイを流し込んだ。
バヂッ。
強引なマブイの注入に、『クロオビ』が拒絶反応を起こした。右腕の回路がショートし、凄まじい熱が発生する。制御を失った嵐は、そのまま地面に叩きつけられた。
「マブイの質が荒すぎるな」
遠野が呆れたように溜息をつく。
「パワーだけで解決しようとするのは、からくりレスラーのやり方だ。空手家なら、マブイを針の穴に通すように練り上げろ」
秋吉が、倒れた嵐を見下ろして言った。
「嵐。お前のマブイは強大だ。だが、それは『溢れている』だけで『使えている』わけではない。今のお前は、最強のバットを持って素振りもできない赤ん坊と同じだ」
秋吉は傍らの古い水瓶を指差した。
「今日から一ヶ月、からくりの電源を入れることを禁ずる。その『クロオビ』を纏ったまま、毎日この山を下りて水を汲んでこい。一滴でもこぼせば、アンディの遺品は没収だ」
「……没収、だって?」
嵐は歯を食いしばり、重い鉄の塊と化した『クロオビ』を引きずりながら立ち上がった。右腕の過熱はまだ引いていない。しかしその痛み以上に、叔父の誇りである黒帯を「鉄屑」扱いされたことが悔しかった。
「やってやる。見てろよ」
その様子を、道場の影から見つめる人物がいた。田所——『ビースト』の異名を持つ男だ。野獣のような鋭い目で、嵐を静かに睨みつけていた。
一方、豪華なオフィスビルの一室では、後藤が石嶺の敗北の報告を受けていた。
「アンディの『クロオビ』が目覚めたか。面白い。……ミルカラスに伝えろ。予定より早く、日本へ来る必要があるとな」
からくり空手界に、嵐という名の旋風が吹き始めようとしていた。しかし今の嵐には、目の前の険しい山道と、背負った漆黒の鉄の重みだけが世界のすべてだった。




