第16話:新しき旋風、国境を越えて
アマゾンの密林は、巨大な「肺」だった。
呼吸のたび、濡れた真綿を喉に押し込まれるような濃密な湿気が、安道 嵐のマブイを蝕む。滝の轟音は、ジャングルの生命が奏でる不規則なポリリズムに飲み込まれていた。
「……重い。大気が、物理的に俺を拒絶している」
嵐の纏う漆黒の新型装甲『クロオビ・昇龍』。秋吉が設計したこの最新鋭機は、環境補正のために人工筋肉を過剰駆動させ、排熱の火花をパチパチと散らしている。
「だらしねぇぞ、嵐! 繊細な日本の回路じゃ、この森の原初的なマブイには勝てねぇか?」
岩陰で笑うのは、バディとして同行するビリー。彼の『リヴァイアサン』もまた、湿気で歪んだ「円」を無理やり回し、異様な唸りを上げていた。
その時、密林の緑が意志を持って蠢いた。霧を割って現れたのは、ブラジル代表・シルバ。極彩色のアーマー『スクワドラ』が、ビリンバウに似た金属音を奏で始める。
「アンディの甥よ。日本の狭い計算機が、この森で通用すると思うな」
シルバが「ジンガ」を踏んだ瞬間、嵐の視界が歪んだ。
カポエイラ・マブイ秘奥:『重力攪乱』。
『スクワドラ』が放つ超低周波が、嵐の『昇龍』内のジャイロセンサーを直接ジャッキングし、天地を逆転させる。
「ぐっ、……あ、が……ッ!」
平衡を失った嵐の胸板に、シルバのあり得ない角度からの蹴りが突き刺さる。最新鋭の装甲が、泥と湿気によるショートで防御フィールドを展開できない。
「自分のマブイに振り回される気分はどうだ? この森では、すべてが自然の混沌に飲み込まれる」
(落ち着け……。機械が拒絶するなら、俺が『土』になればいい)
嵐は決断した。ボルトを爆砕し、膝から下の装甲を強制パージ(放熱排除)する。
剥き出しの足が、アマゾンの泥濘に直接沈み込んだ。鋭い腐葉土が肉を裂くが、そこから地球のマブイが直接、嵐の神経へと逆流する。
(俺は器だ。この森の混沌を、そのまま『旋律』に変える器だ――!)
嵐はシルバの放つ低周波の「波」を、回避するのではなく、自らの心拍数で「乗りこなした」。重力の歪みを加速装置に変え、嵐の身体が地を這う影から天へと爆発的に突き抜ける。
『昇龍』の背部スラスターが、大気中の湿気をイオン化し、漆黒の雷雲を纏った龍となって昇る。
安道流・空:『昇龍・落とし(ライジング・ゼロ)』。
ドォォォォォォォォォンッ!!
シルバの脳天を貫いた一撃は、アマゾンの大地に直径十メートルのクレーターを刻んだ。機能停止した『スクワドラ』から火花が散り、森に静寂が戻る。
「……この森の呼吸、少しだけ掴めました」
嵐は、毒蟲に噛まれ赤く腫れた足を抱え、空を仰いだ。ビリーが端末を投げ渡す。
送信者は後藤。
『ミルカラスが動いた。奴のマブイが、南極の氷壁を物理的に融解させている。……嵐、世界が溶ける前に戻ってこい』
嵐の瞳に、再び鋭い火が灯る。だが、その右腕――有機組織の継ぎ目が、アマゾンの生命力に呼応し、制御を離れてドクンと脈打った。
叔父を越え、世界の理を壊すための旅。
安道 嵐の「第2部」は、泥と血、そして未知の変異と共に加速していく。




