第17話:海を越える招待状
二〇二六年、秋。
安道 嵐は、秋吉道場の板間に一人、正座していた。
ブラジルから届いた「ミルカラス変異」の一報は、嵐の右腕に宿る『昇龍』を、氷を押し当てられたように冷たく疼かせていた。南極の氷壁を融解させるほどの放電。あの死神は何を待っているのか。
「嵐。そこに座って、何が聞こえる」
影から現れた秋吉が、一枚の書面を床に滑らせた。香港のリ・シャオロンからの「招待状」だ。
『練習試合をしよう、秋吉。
お前の育てた「五人衆」と、俺の連れてくる「四凶」。
アンディのいない東京は退屈だが、あいつの甥がどれだけ「空」を汚したか、この目で確かめさせてもらう。
負けた方は、銀座で一番高い寿司を奢れ。ネタを噛みしめるだけのマブイが、お前たちに残っていればの話だが』
「……四凶」
「ああ。からくり医学を悪用し、人体を『兵器』として再定義したシャオロン・ジムの精鋭だ。心拍を外部からジャックする加藤、重力質量を脚に乗せるノリス……。嵐、お前はこの招待状をどう思う」
嵐は、ゆっくりと自分の右拳を見つめた。アマゾンでの激闘を経て、漆黒のフレームの奥で有機組織が不気味にドクンと脈打つ。
「……正直、怖いです。でも、この怖さが、今の俺を『生かして』いる。叔父さんが見上げた背中に、俺も手を伸ばしたい」
「合格だ。恐怖を飼い慣らせ」
同時刻、成田へ降下するプライベートジェット。
リ・シャオロンは目を閉じたまま、可変式ナノマシン鎖を備えた新型ヌンチャクを撫でていた。
「師父。秋吉道場……アンディの残り香を消し飛ばすのが楽しみですね」
隣で笑う加藤を、シャオロンは琥珀色の瞳で一瞥した。
「加藤。俺が恐れているのは、アンディの甥がアンディと同じ『空』を見つけたことではない。……あいつが、アンディも見られなかった『その先』へ手を伸ばし始めている予感だ」
シャオロンは機内モニターに映る南極の衛星画像を見た。
「ミルカラスが放っているのは、救難信号ではない。あれは『呼び声』だ。世界という名の巨大な屠殺場へとな」
翌朝。
道場の門前に黒塗りのバスが止まった。
嵐が立ち上がった瞬間、物理的な衝撃を伴わない「熱」が道場を包んだ。板間の湿気が一気に蒸発し、嵐の視界が陽炎のように歪む。
ドォォォォォォン……!
音が聞こえる前に、道場の外壁が圧倒的なマブイの圧力でミシミシと悲鳴を上げた。
「来たか……」
嵐は玄関へと歩き出した。板間を踏みしめる一歩一歩が、自らの命を燃焼させるカウントダウンだ。
玄関の引き戸を開けた瞬間、そこには世界を焼き尽くすほどの「伝説」が立っていた。
香港の怪鳥、飛来。
安道 嵐の背負う『クロオビ』の漆黒が、夜明けの光を吸い込み、深淵のような輝きを放ち始めていた。




