35 ばあちゃん、おかえりダニ。お座布団の上で交わす、最後のおでこごっちん
夜が明けて、床下から庭先にダイフクが出てくると、縁側にご飯が用意されていた。
「ばあちゃん?」
一瞬、ばあちゃんが帰って来たのかと思ってご飯に近づいた。ダイフクは、用意されたご飯を見て、肩を落とした。
「ばあちゃんじゃない。お皿がいつもと違うダニ」
ご飯は、息子のタカシが用意した物だった。ダイフクが食べやすいように平べったいお皿でななく、お椀に入れられたご飯だった。だけど、タカシが悪いわけではない事は、ダイフクもわかっていた。
「ばあちゃん、俺はどこに行ったら良いダニ?」
ダイフクは、タカシが用意してくれたご飯を、寂しいなと思いながら食べた。ご飯を食べ終え、縁側からぼんやりとダイフクは庭先を見ていた。
あれ程、キラキラして楽しかった庭先が何とも言えないほど、色褪せて見える。
「ばあちゃんは、お庭に毎日お水をかけてたダニ」
蛇口には乾いたホースがぶら下がっている。
「お天気が良い日は、あの竹の棒に良い匂いがする大きな布が、ぶら下がってたな.......クロッチと飛びついたら、ばあちゃん凄く怒ってたダニ」
お空は、秋晴れ。そよそよ気持ち良い風が、ダイフクの鼻先をかする。物干し竿には、大きなシーツもお洋服もぶら下がっていない。
「あのちっちゃな松の木を、ばあちゃん大事にパッチンパッチンと枝を切っていたな。ひっくり返して、怒られるかと思ったら、俺に怪我がないか凄く心配してたダニ」
松の木の盆栽に施された水苔が、カピカピに乾いている。
どこもかしこも、ばあちゃんとの思い出が溢れて来る。短い間だったが、ダイフクにとって、とても大切な場所だった。
玄関から物音が聞こえ、お家に誰かがやってきた事がわかった。慌てて、ダイフクは床下に隠れた。
縁側の固く閉ざされた雨戸が、開けられた。タカシの声が聞こえてくる。タカシ以外の声も聞こえてきた。
『仏様は、この場所でよろしいでしょうか?』
『ありがとうございます』
『お迎えは、明日の10時頃、お棺を持って参ります。お通夜は、明日の18時からとなりますので、ご遺体と一緒にお越しいただくことになります』
タカシと誰かが色々話しをしていた。だけど、ばあちゃんの声は、聞こえて来なかった。
しばらくの間、タカシたちの話し声が続いた後、人間達が帰っていったのがわかった。人間の気配がするため、残っているのはタカシだろうと思った。
『おい、ちっこいの居るんだろ?今日が、母さんとの最後の日だ。しっかりと、別れをしろよ』
足音からタカシが、部屋を離れたことがわかった。ダイフクはゆっくりと床下から出てきた。
「......!!」
ポロポロ、ポロポロ涙が止まらなかった。縁側に飛び乗り、お家の中を除いた。
「ばあちゃん、おかえりなさいダニ」
お顔には、白い布がかけられている。お胸で両手を組んでいたが、お布団に横たわっていたのは、紛れもなくダイフクが大好きなばあちゃんだった。
タカシは、ばあちゃんのお顔の側にお座布団を用意してくれていた。
ゆっくりと部屋の中に入る。お座布団の上に立ち、ばあちゃんにおでこをごちんとつけた。




