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箱庭物語【第一部 前半 完結】  作者: 彩都 らく
第五章、二人目
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5-2、有村大地②

 〇×


 結果として、医務室の扉を開けたのは医務室長ひとりだった。途中で足音が減った理由を問えば、どうやら白石伶がここへ来る前に話したいことがあるとのこと。件の白石伶は、拘束室での見張りをしていた凌雅と共に、別室で待機しているらしい。

 

「それで、話したい事ってなんでしょうか」

 

 医務室に入ってくるなり椅子に深く腰掛けた室長へ、疑問を飛ばす。

 

「ああ、うん、大した事ではないんだけどね」

 

 有村と尚也を交互に見やった室長は、大きな欠伸を見せながら続ける。

 

「白石伶の諸々の検査結果が出たよ、って話しの続きでさ。尚也が手にしている紙の通り、彼女自身は紛うことなき人間だ。……ただ、記憶を失っている、というのも真実らしい。より詳しい身体検査の結論としては、心身ともに健康そのもの。数値や意識になんら問題はない、っていうのが私の見解だね」

 

 室長はさらりと言葉を紡いでいく。それらを耳にしながら、尚也は小さく唸った。つまり、この数日間で何の情報も得られなかったというのか。ならばこの先に打つ最前手は、と、考え込むように息を吐き出せば、室長が更に口を開いた。

 

「それから、ポケットから見つかった睡眠薬の件なんだけどね」

「はい」

「白石伶は、確実に睡眠薬を服用していたよ。……ただ、ここからが不思議な点なんだけど。彼女は頑なに睡眠薬の服用を認めない。本部の映像に残っていた、彼女がここまで歩いてくる様子も何ら覚えていないというんだよね。つまり、彼女が記憶のない期間というのは、四月の頭から目が覚めるつい先日までの間、ってことになる」

 

 なるほど、と尚也は心の中で相槌をした。

 室長の言いたいことは、何となく理解した。

 

 ――そんなに都合の良い話があるのだろうか。

 

 秋坂怜に姿を奪われた際に何かしらの細工をされたのだとしても、どこか腑に落ちない話である。

 

「で、だ。今後、彼女の処遇はどうするつもりかな?」

 

 眼鏡の下に隠された瞳が、此方を鋭く刺す。隣に座ったままの有村もまた、静かに尚也を見やる。

 

 考えている案は、二つほどあった。どちらも、疑いが晴れるまで白石伶を外に出すつもりはない。

 

 ひとつは、このまま医務室、ないしは怪異対策本部の誰かの目の届くところで生活してもらう、か。

 もうひとつは、尚也達が住処とする寮にて生活してもらう、か。

 

 同じように見える案だが、奥部まで思考すれば二つは全くの別物である。両者ともに言わんとすることは監視に近いが、互いの心理条件は決定的に違う。前者は見知らぬ者に監視されながらの生活だが、後者はあくまでも知り合いとの生活ともいえる。

 

 ――俺は、後者がベストだと判断している。

 

 白石伶の身に、何もなければそれで良い。一方で、共同生活の中で気が緩み、何かしらの情報が得られれば更に良い。

 

 ――ただ。

 

 秋坂怜は、黒澤陽光と繋がっていたと断定して間違いない。となると、秋坂や黒澤と一年次から仲の良かった赤塚兼吾、白石伶が何にも関与していない可能性を見つけないといけない。

 

 ――ただ巻き込まれただけなら、まだましだ。

 

 最悪のシナリオは、彼ら四人が結託していること、ではないだろうか。詳しい繋がりを考察出来るほど情報が集まっている訳ではないが、このシナリオを無視する訳にはいかなかった。

 

「ひとまず、白石伶は怪異対策本部の寮で生活してもらおうかと思います。元々黒澤陽光の案件に関わっていた隊員のスケジュールを調整し、誰かと共に居て貰う形にしようかなと。俺、凌雅、それから沙葉のうちの誰かは、必ずそこへ居るようにすることは条件のひとつとして……」

 

 尚也は一度息継ぎをすると、続きを待つ有村と室長の顔を交互に見やった。どちらも表情を隠すものだから、どうにも話しにくい。

 

「室長にはご迷惑をおかけしますが、定期的な身体検査に加えて、彼女の記憶の所在についても調査して欲しく思います。最悪の場合、記憶喪失が演技という可能性も捨てられないので」

「勿論」

 

 ぱあ、っと効果音が聞こえそうなくらい顔を明るくした室長は、大きく頷いた。あらかた、滅多に見ない症例を研究出来る可能性に期待を寄せているのだろう。

 

「それから、ある程度の安全性が確保できたと判断した段階で、彼女を暁に復帰させたいと思います。もちろん俺、ないしは凌雅と共に行動することを条件にしたいと考えています」

「その意図は?」

 

 尚也の言葉に、ずっと口を噤んでいた有村が口を開く。

 

「意図は、……黒澤陽光との接点を確かめるため、かな。言い方は悪いですが、彼女を餌にしたいと思います」

「既に黒澤の餌にされている可能性は考えたか?」

「ええ、はい。それは勿論。その上で、です」

 

 有村は尚也の解答に、「そうか」と返して再び口を閉じた。有村の言い分も、良く分かる。

 

 ――しかし、なあ。

 

 常に最悪を考えて行動することを、悪いことだとは思わない。一方、意識しすぎて後手に回る可能性も否めないのだ。最大級の覚悟と、ある程度の切り捨てをしないといけない立場である。

 

「だから、寮生活が一番かなとも思った次第です。怪異対策本部の構造を知られたくないのと、……内部情報を一切耳にさせたくないので」

 

 友達は、友達。先輩は、先輩。どれも大切なものであり、守るべきものでもあるが。 

 それは結局、されど、という言葉が常に前につくものでもある。 

 部外者であることに、違いはない。

 

 尚也が言い切れば、有村は満足したように頷いた。室長もまた、同様に頷いている。一応この組織のトップは古川尚也であるはずだが、決断の場に、より歴の長い者がいるのなら、彼らの意見も聞いておくにこしたことはない。

 

「そうしたら、彼女をここに呼ぼうか」

 

 一瞬の沈黙が流れた後、場を動かしたのは室長だった。

 

「そうしましょう」

 

 尚也が返事をすれば、室長はのんびりとした動作で部屋を出ていった。

 それに対し、有村は勢いよく立ち上がる。

 

「俺はお暇する。寮生活は悪くない案だとは思うが、……気を付けろよ」

 

 と言うと同時に、尚也の背中を強く叩いた。

 

「ってぇな! 叩く必要はなかっただろ」

 

 釘を刺したつもりだろうが、それはそれとして痛い。思わず声を荒げるものの、有村は笑うだけで、手をひらひらと振りながら去っていく。その背中は何度見ても大きく、逞しいものだった。

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