表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/48

4-2、怪異に生まれること、それは。②


 それから、時は流れ十歳の夏。

 

 家族のことは嫌いになれなかった。

 

 相変わらず優しい顔で接してくる両親に、いつも通りの元気で明るく笑顔の絶えない秋坂怜(アキサカ レイ)を装う。

 

 小学校に行くと体調が悪くなると嘘を付き、ただひとり部屋に籠って楽しくもない勉強を続ける毎日。時々両親が買ってきてくれる小説を読んでは、面白いと感じた箇所に付箋を貼って、一字一句覚えるまで読み直す毎日だった。

 


 そんなある日。

 

 世間の小学生は夏休みを迎え、学校のない楽しい日々を過ごしているであろう今日日。

 

 ――……どうしよう。

 怜は、両親の仕事部屋の中央で困り果てていた。


 

 〇×


 

 怜の家は、少し広めの一軒家で、部屋が沢山ある。

 

 怜には出入りを許されていない部屋もあれば、物が一切なく使われていない部屋もあった。 

 いつか両親のいない日に、隅から隅まで探検してやろう、と。

 

 そう思っていた矢先、朝一番に全身を着飾った両親から告げられたのは、「今日は夜まで帰れないからね」という言葉。「何かあったら連絡するのよ」と、どうにも心配そうな顔をする両親の気持ちとは裏腹に、怜は心を躍らせていた。

 

 ――ついにこの日が来た。

 と。

 

 両親が玄関の扉をくぐり、車を出し、一時間。 

 本当に帰ってこないことを確認した怜は、それはもう楽しく家中を探検した。

 

 両親の寝室、普通。

 物が散乱している訳ではないが、綺麗という訳でもない。

 

 屋根裏部屋、普通。

 怜が幼稚園や小学校で作成した工作の数々。教科書やノートの数々。

 

 普段は入ってはいけない物置部屋、ちょっと汚い。

 段ボールがいくつも積み重なっている。その中のひとつの封があいていたものだから、それを見やればそこには奇妙な置物が入っていた。鷲……のような大きな鳥が太い鎖で縛られ長い剣で貫かれている、不気味な彫刻だった。

 

 そして。

 

 気が付けば両親のことを『怪異』として見るようになっていた怜は、ほんの少しの興味と好奇心から、両親の仕事部屋を覗いてしまったのだ。

 

 階段下の物置から段差を下って入る仕事部屋は隠し部屋のようで、羨ましいな、などと呑気なことを考えながら。


 ――これは、想像以上に……。

 気持ち悪い。


 暑さで流れていたはずの汗が、部屋の扉を開けた瞬間に冷たいものに変わる。

 

 部屋は、広く綺麗だった。整理整頓されているものの、窓が無いせいか何処か陰湿な空気が漂っている。それどころか、物置部屋にあった不気味な彫刻が、無数に飾られていた。壁にも、棚にも、机の上にも、思い返せば、仕事部屋の扉にも吊り下げられていた。

 

 怜は、溢れる生唾を飲み込みながら足を進める。

 

 部屋の中央に鎮座するパソコンに手を付けるのは気が引けて、机に置かれたままの書類を手に取った。

 

 ――なんだよ、コレ。

 

 書類には、様々な人間の名前や写真などが貼られていて、よく見れば住所まで記載されている。かなり遠方の住所まであるが、これは果たして……。

 

 ――人の顔に、バツ印? 何故こんなものを。

 

 こういうのは、小説やテレビで見たことがある。人の顔にバツ印をするのは、その対象を始末した時とか、どうでも良くなった時とか、とにかくネガティブなことだろう。

 

 何枚も重ねられた書類を捲っていくと、見覚えのある母の綺麗な字で所々にメモが書かれている。

 

 ――嘘だ、うそだ!

 

 手にしていた書類を震える手で元の場所に戻すと、怜はその場に座り込んだ。好奇心は、時に自分の首を絞める。リストには幼い子どもから老人まで、様々な年代の人間が記載されていた。

 

 ――『生かす価値、有』、か。

 

 では、バツ印は生かす価値が無かったのだろうか。

 人間を何かに利用するために、そのために、何をしている?

 

 ――殺し。

 

 頭の中にパッと浮かんだ単語が、脳を支配していく。両親は、殺しをしていて、金を貰っているのか。確かに、この家は裕福だ。否、まさか。全く関係のない話の可能性だってある。決めつけるな。悪い方向だけを考えるな。ただ、仕事部屋に無造作に置いてあったリストを覗きみただけだ。齢十の息子に万が一見られても大丈夫なものなはずだ。だから、何の決定打にはならない。

 

 無意識のうちに早くなっていた呼吸を何とか整え、怜は這うように部屋を後にした。


 

 その後にとった行動は、我ながら短絡的だった、と秋坂怜は評価する。

 

 すぐに取り掛かったのは、虚無()になる練習だった。虚無()になれば両親の仕事についていくことが出来るかもしれない。その先に何を見出したいのか、自分でも分からなかった。

 

 ただ、はっきりさせたかった、が正しい答えか。

 

 虚無()になるのに、時間はかからなかった。言われたように「虚無()に変わりたい」、そう願うだけで変わることが出来た。

 

 ――ああ。気持ち悪い。

 

 確実に自分の思考は残っているし、腹の中が気持ち悪いと思う感覚や吐き出しそうな違和感がある。だが、顔は無いし、当たり前のように手も体も足も何もない。周りの景色は色を失い灰色のベールに囲われているが、見えない訳ではない。静かな水音に包まれながらも、周囲の音を拾うことが出来る。移動だって、移動したいと思えば出来てしまう。

 

 ――化け物、なんだ。

 

 改めて自分の正体を実感し、大きなため息を吐き出した。口の中がざらつき、苦い。

 

 ――戻りたい、戻りたい。変わりたい。

 ――人間の、秋坂怜に、戻りたい。

 

 初めての変化は、たったの五分で終わらせた。

 自分が自分で無くなっていく感覚が、身体を支配する。どんなに願っても、虚無()になる事が出来なければ良かったのに。『中途半端な怪異人間(ハーフ)』だったら、良かったのに。

  


次回更新▷▶▷3/10 19:00 『怪異に生まれること、それは。③』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ