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婚約破棄の代行はこちらまで 〜店主エレノアは、恋の謎を解き明かす〜  作者: 雨沢雫
case6.嫉妬と自尊心は身を滅ぼす

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case6ー15.嫉妬と自尊心は身を滅ぼす(2)


「まず、オーウェンズ病院に違法麻薬グリーンベルが置かれていた件から話そうか。お前は三人の人物を利用し、アレンを陥れようと目論んだ。一人目はアンナ・スミスだ」


 アンナが逮捕されたその日、オーウェンズ病院の薬品庫から違法麻薬が見つかった。


 そして、アンナが「アレン・オーウェンズに指示され学校に麻薬を広めていた」と証言したせいで、危うくアレンは逮捕されるところだった。


 それらは全て、アレンに恨みのある人間がアンナを使って仕掛けたことだと考えると、綺麗に話が繋がる。


「半年前。オルガルム大学で学会が開かれていた頃、お前は偶然アンナに出会い、その才能に目をつけた。そして、彼女をロゼク国立高等学校へ推薦入学させた」


 ルイス侯爵はアンナの実家付近の飲食店がお気に入りで、学会の時期は学者を連れてよくその店を訪れていた。その時、近くの広場で子供たちに文字を教えているアンナを偶然見かけたのだろう。


 この国の最高学府、オルガルム大学の理事を務めるルイス侯爵なら、平民を学校にねじ込むことくらい簡単だったに違いない。


 そしてアンナは、自分の人生に光をもたらしてくれた推薦人を尊敬し、心酔していった。ルイス侯爵にとって、そんな彼女は実に使い勝手の良い駒だっただろう。


 双子がいくら調べても推薦人の正体を暴けなかったのは、ルイス侯爵が各方面に口止めしていたからだと考えられる。侯爵家の人間が平民を特別に取り立てたとあらば、良くも悪くも目立ってしまう。


「二人目はジョン・ラッセル。半年前の学会から程なくして、オルガルム帝国の裏社会に現れた男だ。奴はこの国で暗躍し、違法麻薬の密売や人身売買を行っていた」


 違法麻薬グリーンベル。それを密売していたジョン・ラッセルと、学校に広めていたアンナ・スミス。


 その二人を繋いでいた人物こそ、最後の一人。


「そして三人目は、オルガルム大学で研究をしていたヘザー子爵。子爵は税を着服し、研究費に流用していたそうだな。お前はその件で子爵を脅し、自分の小間使いとした。まずは子爵を使ってジョンに商売話を持ちかけ、そしてアンナに麻薬を流させたんだ」


 ウィリスから聞いた情報によると、ジョンは小柄な商人に「報酬をくれるなら麻薬の販路を開拓する」という話を持ちかけられていた。そして、その商売話に乗ったジョンが麻薬の受け渡し場所に行くと、そこに商人の姿はなく、代わりにアンナがいたそうだ。


 その「小柄な商人」というのが、まさしくヘザー子爵だ。ウィリスにお願いして、ジョンやその手下にヘザー子爵の似顔絵を見せたところ、確かにこの男だったという証言を得ることができた。


「それからアンナは、お前の指示通り麻薬を学校に流した。すると当然、警察が捜査に入る。お前は事前にアンナに言っておいたんだろう。万が一捕まっても必ず助けてやるから、黒幕はアレン・オーウェンズだと証言しろ、とな」


 警察の捜査が入ったのは実際には麻薬の件ではなく、アンナが学友であるトム・ロイドを殺害したためだった。ルイス侯爵も、まさかアンナが殺人事件まで起こすとは思っていなかっただろう。


 しかし、侯爵がアンナに麻薬を広めさせなければ、あの殺人事件も起きはしなかった。


「麻薬を使って学友を殺してしまった以上、自殺に偽装したとはいえバレれば恩人に迷惑がかかる。アンナはお前に相談したはずだ。そこでお前は、アンナに黒幕の証言を念押ししつつ、警察が動くタイミングを見計らってオーウェンズ病院の倉庫に麻薬を運び込んだ」


 病院に忍び込み麻薬を搬入したのは侯爵本人ではなく、それ専用に雇った便利屋か何かだろう。各方面で著名な侯爵では目立ちすぎる。


 アンナと侯爵の間にどういったやり取りがあったのかはわからない。当の本人が既に亡くなっているからだ。だが、概ね想像はできる。


 何も心配することはない。

 すべて自分がなんとかしてやる。

 君は私の言うことを聞いていれば大丈夫。


 そんな言葉を並べ立てて、アンナを安心させていたのだろう。推薦人に心酔しきってきたアンナは、侯爵の言葉を容易に信じてしまった。


「しかし、警察の捜査が入る前に麻薬は病院から撤去され、お前の計画は失敗。だからお前は口封じのために、アンナと、アンナの両親を自殺に見せかけて殺害した」


 アンナは逮捕の翌日に留置所の中で亡くなった。オーウェンズ病院への警察の捜査が終わった頃に、ちょうど示し合わせたかのように。


 そして、彼女の両親もまた、程なくして自宅で亡くなった。前日まで生き生きとした表情で娘のことを語っていた二人が、遺書もなく。それも、娘の起こした事件を知る前に。


 いずれも他殺の証拠は一切見つかっていない。だが、そういった事実があるのに三人全てを自殺と片付けるのは乱暴だ。

 

「お前はプロの殺し屋を使ったんだろう。警察の敷地内に忍び込み何の証拠も残さないとは、相当優秀な奴を雇ったな? アンナの実家にも他殺の証拠は残されていなかったようだが、お前は念の為にヘザー子爵名義でスミス家を買い取り、すぐに飲食店へと作り変えた。万が一証拠が残っていたとしても、これで隠蔽が完了する」


 アンナの実家が買い取られたのは約一ヶ月前、スミス夫妻が亡くなってすぐだった。あらかじめ、スミス家を買い取る計画だったのだろう。


 スミス家の三人が亡くなったタイミングからして、侯爵は何かあったら彼女たちをすぐに殺すつもりで、事前に殺し屋を雇っていた可能性が高い。


「アレンを陥れることに失敗したお前は、次の行動に出た。エイデン・ティンダルを使って、アレンの妹のセレーナを狙ったんだ。アレンのあの性格なら、セレーナを助けようと必ずティンダル伯爵家と揉める。そうなれば、男爵家であるオーウェンズ家が負けるのは確実だ」


 ティンダル伯爵はこれまでに何度も息子の不祥事をもみ消してきた。仮に裁判沙汰になったとしても、伯爵家の権力を使って責任の所在を有耶無耶にするだろう。下手をすると、オーウェンズ家に罪をなすりつけようとしてくるかもしれない。


 ルイス侯爵はそうなると予想して、エイデンを駒として使った。


「エイデンは貴族学校時代、同級生だったヘザー子爵の息子をいじめ、暴行していた。お前はそれをネタにエイデンを脅したんだろう。命令に従わなければティンダル伯爵家が所有する製薬会社ごと潰す、とでも言ったか?」


 エイデンは過剰なまでに怯えていた。特に、家族に害が及ぶことを。もし脅迫者を密告したら、家ごと潰すと言われていたようだ。


 ルイス記念病院とティンダル伯爵家の製薬会社は取引関係にある。この国最大の病院との取引が打ち切られれば、伯爵家の損失は計り知れない。取引を打ち切る際に、「あそこの薬品は質が悪くなった」とでもルイス侯爵が言えば、ティンダル伯爵家の製薬会社は途端に廃業に追い込まれるだろう。


 ルイス侯爵にとって、ティンダル伯爵家を潰すことは実に容易なことだった。同時にオーウェンズ男爵家を潰すことも、彼にとっては赤子の手をひねるようなものだったはずだ。


 安易にそうしなかったのは、侯爵の目的が「アレンを精神的に痛めつけること」だったからだろう。評判が地に落ち、患者が侮蔑の目を向けながら離れていく。それをアレンに味わせたかったのだ。


 その上、自分のせいでセレーナが傷ついたとあらば、優しいアレンは自分を責め、心を病んでしまうだろう。


 ただ家を潰すだけでは、そうはいかない。

 だからルイス侯爵は、あの手この手でアレンを追い込んだ――。


 小賢しい真似でアレンを陥れようとしたルイス侯爵に対して、エレノアは心の底から強い怒りを感じていた。彼の腕から滴り落ちる鮮血が、脳裏に蘇る。


「お前がエイデンを送り込んだせいで、アレンは怪我をした。よりにもよって、利き腕である右腕をな」


 エレノアは強烈な殺気をルイス侯爵に向けた。辺りが凍えるような、冷たい殺気だ。


 侯爵は一瞬グッと怯んだが、鋭い視線から目を逸らすと、すぐに調子を取り戻して嘲るように言う。


「話は以上かな? 実に退屈な妄想話だったよ。全く、証拠もないのに勝手なことを……」


「ああ、そうだ。ここまでの話は、数ある証言をつなぎ合わせた推測に過ぎない。ヘザー子爵もエイデンも口を割らないし、余程お前の脅し方が怖かったんだろうな」


 エレノアはフェリクスに紹介状を書いてもらうにあたって、すべての事情を話し、留置所にいるヘザー子爵への取り調べを行うよう働きかけてもらった。しかし、子爵が断固として黙秘を貫いたため、有力な証言は何一つとして得られなかったのだ。


「だが、たったひとつだけ、お前を追い詰める決定的な証拠が見つかった」


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