case6ー14.嫉妬と自尊心は身を滅ぼす(1)
あれから一週間ほどが経ったある日のこと。
証拠を集め終わったエレノアは、首都アマンにあるルイス記念病院へと向かっていた。忍び込んだのも回数に入れると、二度目の訪問になる。
今回の目的は、病院の経営者であるルイス侯爵に会うためだ。全ての黒幕である、ルイス侯爵に。
ルイス侯爵――マイケル・ルイスは、皇太子フェリクスの元専属医だった老齢の男。侯爵という立場でありながら、自らも医師として現役で活躍しており、その上、オルガルム大学の理事、兼、特別教授でもある。
そんな侯爵は、多忙を理由に面会をする人を選び、見ず知らずの人間にはまず会わない。真正面からアポイントメントを取ろうとしても、断られるのがオチだった。
そこでエレノアは、皇太子フェリクスに紹介状を書いてもらった。フェリクスからは、彼の元婚約者を救った礼として「謁見できる権利」をいただいている。今回初めてその権利を行使したというわけだ。
そして今日エレノアが扮するのは、オルガルム大学への進学を望んでいる、フェリクスに才能を認められた片田舎の男爵家令息。
事前に侯爵に事情を伝え面会の申し出をすると、しっかりと会う約束を取り付けることができた。皇太子の紹介状を持っている人間を、流石のルイス侯爵も無下にはできまい。
エレノアがルイス記念病院に到着すると、受付の女性が侯爵の元へと案内してくれる。
国一番の病院というだけあって、中は相当広い。一般病棟を抜け、理事長室がある別棟へ。
本当はルイス侯爵邸で会うはずだったのだが、急遽どうしても外せない仕事が入ったとのことで、病院での会合となった。別棟は上位貴族向けのようで、病院とは思えない高級感が漂っている。
そして、階段を登り、別棟の最上階へ。ここは特別フロアらしく、多くの衛兵が警備をしていた。
この特別フロアでは、外部の人間が立ち入る時の決まりとして必ずボディチェックが行われる。そのため、今日は武器を持ってきていない。
ボディチェックで問題ないことが確認できると、エレノアはすぐに侯爵がいる理事長室へと連れて行かれた。
部屋の前には衛兵が二人。ここまで案内してくれた女性に礼を言い、中に入る。
豪奢な造りの部屋には大きな窓がはめ込まれており、非常に見晴らしが良い。
部屋には来客用のソファセットがあり、右奥には中央に向かって執務机が置かれている。ルイス侯爵はそこで仕事をしている最中だった。
白髪の彼は年齢の割に若々しく見える。現役で活躍しているからこそ、そう感じさせるのかもしれない。背筋がピンと伸びていて姿勢が良いのもあるだろう。
侯爵は書類から顔を上げると、にこりと微笑みかけてきた。
「よく来たね。わざわざ病院まで来てもらってすまない」
ペンを置き、立ち上がろうとする侯爵を、エレノアは手で制す。
「そのままで結構です。むしろその方が都合が良いので」
エレノアはズカズカと部屋に踏み入ると、ソファにドカッと座って足を組む。その態度に、侯爵の笑みが引き攣った。
「フェリクス殿下直々の推薦とは、君はさぞかし優秀なんだろう。若いのに素晴らしい」
「若くて優秀な人間は嫌いですか? 例えば、アレン・オーウェンズのような」
侯爵を鋭く見据えると、彼はその目からスッと笑みを消した。
「……含みのある言い方だ。何が言いたい?」
「アレンにくだらない嫌がらせをしていたのは、あなたですね?」
その言葉に、侯爵の眉がピクリと動いた。しかしすぐに真顔になり、何食わぬ顔で返してくる。
「アレン? ああ、殿下を治したという、あの若医者か。で、嫌がらせというのは何の話かね?」
エレノアはすぐには答えず、ジャケットの裏ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。ふぅと煙を吐き出すと、ルイス侯爵はあからさまに不機嫌になる。
「殿下の紹介だから仕方なく時間を作ってやったというのに、その態度は何だ。流石に非常識じゃないかね? 全く最近の若者は、年長者を敬うということを知らない」
「あなたを敬う理由がないものでね」
エレノアは意にも介さずそう言うと、スッと首元に手をやる。
そして、変装の皮を一気に剥いだ。
まとめていた長く艷やかな銀髪が、ふわりと広がる。
「自己紹介がまだだったな。私はエレノア。文具屋『銀の鋏』の店主だ」
「な、女……!?」
突如として銀髪の女が現れ、侯爵は心底驚いたように目を大きく見開いていた。そして何かに気づいたように、ハッと息を飲む。
「……殿下の招待状は偽物か! 貴様、皇族の名を勝手に使うなど重罪だぞ!?」
青筋を立てる侯爵に、エレノアは目を眇め、ニヤリと笑ってみせた。
「まあまあ、細かいことは気にするな。私はお前と話がしたかったんだ。先程の話の続きをしよう」
「貴様のような詐欺師と話すことなど何もない! すぐさま殿下に報告してやる。ただで済むと思うなよ!」
侯爵はエレノアを鋭く睨みつけながら、ドンと机を叩いた。忙しい中時間を作ったのに、相手が見ず知らずの人間だったら怒るのは当然である。
しかし、言われた通りおいそれと帰ることはできない。
この男の対処をフェリクスに丸投げすることもできたが、エレノアにはどうしても彼と直接話をしておきたい理由があった。
だから、敢えて挑発してみせる。
「ほう? いいのか? そんなことをして。私はお前の全てを知っているぞ?」
含みのある言葉に、ルイス侯爵の表情が一瞬固まった。彼はサッと目を逸らしたが、すぐに嘲笑を浮かべる。
「ハッ。そこまで言うなら話してみろ。私の何を知っているのかをな」
革張りの椅子に深く腰掛け直した侯爵と、鋭い視線が交わる。
さて、ここからがショータイムだ。
エレノアはもう一度タバコを吸い、煙を吐き出してから話し始めた。
「半年前、オルガルム大学で開かれた医学学会で急病人が出た。事務員であるハーカー夫人だ。もちろん覚えてるよな? その場に居合わせたお前自ら治療しようとしたのだから」
ハーカー夫人が口にした名。それはまさしくルイス侯爵だった。
エレノアの推測が正しければ、半年前のその一件が全ての発端だ。ルイス侯爵がアレンに敵意を持つようになった発端――。
「しかしお前はそこで誤診をした。緊急性の高い症状だったから、命の危険もあったそうだな。お前のミスに気づいたアレンがそれを指摘し、結局処置したのもアレンだった」
「…………」
侯爵は渋い顔で黙り込んでいる。居合わせた人なら誰もが知る事実なので、否定も出来ないのだろう。
ハーカー夫人がルイス侯爵の名を出し渋ったのも無理はなかった。自分の職場のトップ、ましてや上位貴族であるルイス侯爵が誤った診断をしたなどと言いふらせば、自らの職や立場が危ぶまれるからだ。
「そして、その数カ月後。アーレント元公爵による、フェリクス殿下の毒殺未遂事件が起きる。しかしお前は毒を飲んだ殿下を完治させられなかった。そして、アレンがそれをたった数回で治療してみせた」
当時フェリクスの専属医だった侯爵は、手柄をたった二十歳のアレンに取られてしまった。そんな侯爵のことを落ち目だなんだと言う貴族も多かったと、以前情報屋のポールが言っていた。
「そこでお前はアレンを貶めようとした。動機は才能への嫉妬、あるいは自分の名声に傷をつけられたことに対する恨み、といったところか」
侯爵の狙いはオーウェンズ病院ではなく、アレンたった一人だった。それに気づくまでに随分と時間がかかってしまったが、気づいてしまえばピースを繋げるのは容易だった。
エレノアの話を聞いたルイス侯爵は、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに冷笑する。
「彼が優秀な医師であることは認める。だが私が彼に一体何をしたというのだね? 私は半年前の学会以来、彼に会ってすらいないというのに」
「確かにお前は直接的には何もしていない。すべてを他人にやらせていたのだから当然だ」
エレノアがこの男を許せない一番の理由は、自分の手は汚さず、他人に犯罪を強要したこと。




