case6ー12.学術都市ルムニア(2)
子どもたちに教えてもらった通りに道を進むと、無事に旧スミス邸へとたどり着くことができた。
少年が言っていた通り、旧スミス邸に鍛冶屋だったころの面影は既になく、今は飲食店に様変わりしている。
あいにく店はまだ準備中だったが、運良く一人の中年男性が店の前を掃除していた。恐らく開店準備をしている店員だろう。彼に話を聞けそうだ。
「あの、すみません」
声をかけられた男は掃除の手を止めると、エレノアを客だと思ったのか申し訳無さそうに謝罪してくる。
「申し訳ない! 開店は十二時からなんだ」
「いえ、私は客ではなく」
エレノアがすぐに訂正すると、男はあからさまにガッカリした表情になった。冷やかしだと思われたらしい。
「私はロゼク高等学校で教師をしている者です。ここに以前住んでいたアンナさんや、スミス夫妻のことについて、お話を伺いたく」
「ああ……スミスさんの……」
どうやら彼はスミス家を知っているようだ。ひどく気まずそうな顔をしている。彼はワシワシと頭を掻いた後、仕方ないという風にひとつ溜息をついた。
「俺はここの店長でな。俺が知ってることで良ければ話すよ。立ち話もなんだ。店、入んな」
そう言って店に招き入れてくれた店長は、カウンターにエレノアを座らせ、冷たい水を出してくれた。
「ありがとうございます。いただきます」
喉を潤しながら店内を見回すと、奥に階段が見えた。この建物は、一階が店舗、二階が住居になっているようだ。この店長が二階に住んでいるのかはわからないが。
「この店はいつから?」
「ほんの一ヶ月くらい前だよ。ここの前の家主、スミスさんが亡くなってから、割とすぐだったな。借金を苦に自殺って聞いてはいるが、まさか娘さんもあんな末路を辿るとは……」
スミス夫妻が首を吊って自殺したのは、アンナが亡くなってからすぐのことだった。その時点ではアンナの事件は表沙汰にはなっていなかったので、夫妻が娘の行いを知りショックで自殺した、ということはないだろう。
一方で、スミス家の借金はアンナの推薦人が一部肩代わりをしたと聞いている。それなのに借金苦に自殺したというのは、いささか考えにくい。
それにウィリスからの情報によると、夫妻は亡くなる前日まで、嬉しそうに娘の話をしていたという。
「この物件はあなたが買い取ったのですか?」
「違う違う。俺は雇われ。ここのオーナーは、この街に住む子爵家の旦那でな。と言っても、最近逮捕されちまったから、この店もこれからどうなるかわからないんだが……」
店長は一度そこで言葉を切ると、エレノアにずいっと顔を寄せ、声を潜めて言った。
「名をヘザー子爵っていうんだが、子爵は人を買った罪で逮捕されたらしいんだ。いやはや、恐ろしい」
ヘザー子爵。知った名に、エレノアは眉を跳ね上げた。まさしく、ジョン・ラッセルの顧客リストに載っていた名だ。
(ようやく繋がったか……!)
ジョンと関わりがあったのなら、違法麻薬も購入していた可能性がある。アンナとジョンを引き合わせたという謎の商人は、もしかしたら子爵本人かもしれない。
(だが、ヘザー子爵は推薦人本人ではないな。子爵ごときの権力では、ロゼク国立高等学校に平民を入れることなどできない)
それに、アレンもセレーナも、ヘザー子爵のことを知らなかった。接点がないというのに、なぜヘザー子爵がオーウェンズ病院を狙うというのか。
(子爵もまた、アンナと同様、黒幕に利用されていたということか)
黒幕にたどり着くには、まず子爵を知るところからだ。エレノアは店長に質問を続けた。
「ヘザー子爵のこと、もう少し詳しく聞かせていただけませんか?」
「ああ、もちろん」
店長は快諾すると、子爵のことについて色々と教えてくれた。
ヘザー子爵家は、代々ここルムニアの土地の一部を治める一族のようだ。
小柄で気弱そうな見た目の子爵は、秀才なことで有名で、領地経営をする傍らオルガルム大学で研究をしているらしい。
かなりの研究オタクで、着服した税を研究費に充てている、なんて噂まで立っているほど。貴族が学者になることは稀なため、そういった噂が広まるのは早そうだ。
彼は現在三十九歳で、妻と十九歳の息子が一人。なんと、息子はエイデン・ティンダルと同じ貴族学校に通っていたそうだ。
息子は、同級生のとある伯爵令息からのいじめに遭い、あまり学校には通えていなかったという。その伯爵令息というのは、恐らくエイデンのことだろう。
双子が集めてきた情報によると、エイデンは自分より爵位が劣る生徒へ暴力を振るっていた。その事件はティンダル伯爵によって揉み消されたのだろうと容易に想像ができる。
しかし、エイデンを脅していたのはヘザー子爵ではないはずだ。アンナの推薦の件と同じく、子爵にティンダル伯爵家を潰せるほどの権力はない。
「ありがとうございます。助かりました」
話を聞き終えたエレノアは、店長に礼を言ってから店を出た。
(さて、次はアレンが治療したというハーカー夫人の元へ行くか……)
点と点が少しずつ繋がって、線になりつつある。しかし、黒幕にたどり着くにはまだ情報が足りない。
気を取り直し、エレノアは地図を取り出した。目的地は、ハーカー夫人が事務をしているオルガルム大学だ。
旧スミス邸の前で大学への道を確認していると、不意に中年の女性から声をかけられた。
「ねえ、あんたがアンナちゃんの学校の先生かい?」
「ええ、そうですが……」
エレノアは返事をしつつ、それとなく女性を観察した。
身なりからして、相手は平民。「アンナちゃん」と呼んでいるあたり、彼女を可愛がっていた近所の御婦人、といったところか。
「何かご用でしょうか?」
「いえね……子どもたちから、あんたがアンナちゃんの情報を集めてるって聞いて。少し、話をさせてくれないかい? 何か役に立てるかもしれない」
婦人からの思わぬ申し出に、エレノアは目を見開いた。わざわざ声をかけてくるとは、これは有力な情報が得られるかもしれない。
エレノアは快諾し、婦人から話を聞くことにした。




