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婚約破棄の代行はこちらまで 〜店主エレノアは、恋の謎を解き明かす〜  作者: 雨沢雫@3/5「つまらない女」発売
case6.嫉妬と自尊心は身を滅ぼす

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case6ー11.学術都市ルムニア(1)


 エイデンに接触した翌日。


 この日、エレノアは情報収集のために、学術都市ルムニアを訪れていた。


 この国の北東に位置するルムニアには、最高学府であるオルガルム大学を始め、数多くの研究機関が集まっている。学者になりたくばルムニアへ行けと言われるほど、研究に特化している街だ。


 文具屋「銀の(はさみ)」があるロゼクからルムニアへ行くには、まず首都のアマンへ行き、そこから列車に乗る必要がある。五十年ほど前に開通した鉄道は、いまや庶民も利用する一般的な移動手段だ。


 三時間ほど列車に揺られ、駅に降り立ったエレノアは今、三十代の男に扮している。アンナが通っていたロゼク国立高等学校の教師という設定で、相手の印象に残らないよう、平々凡々な顔にしている。


 駅を出て街を歩くと、そこかしこに白衣姿の研究員らしき人物を見かけた。流石は学術都市だ。


 もちろん普通の平民も生活していて、アンナ・スミスもそのうちの一人だった。彼女の実家は借金まみれの貧しい鍛冶屋で、この街の外れにあるという。エレノアは今、そんな彼女の実家に向かっていた。


 半年ほど前にアレンが救ったというハーカー夫人にも話を聞きたいが、まずはアンナの情報の洗い直しからだ。黒幕と接点を持っている可能性が高いアンナから辿ったほうが、確度が高い。


(さて、このあたりか……)


 アンナの実家に近づいてきてはいるものの、どうも道が入り組んでいてわかりにくい。


 地図を片手に細い路地を歩いていると、不意に広場を見つけた。数人の子どもたちが走り回って遊んでいる。五歳から十歳くらい。年齢はバラバラだ。薄汚れた服装を見る限り、貧しい家庭の子たちなのだろう。


 彼らはこの辺りに住んでいて、周辺の地理に詳しいかもしれない。そう考えたエレノアは、広場に入り、子どもたちに近寄っていった。


「こんにちは。君たち、スミスさんのお家を知っているかな?」


 キャッキャと楽しげな声を上げて走り回っていた子どもたちは、その場でピタッと立ち止まり、突然現れた見知らぬ男に驚いた顔を向けていた。


 しかし、すぐに年長の少年と少女がエレノアの元に寄ってきて、特に警戒する様子もなく、親切に道を教えてくれる。


「この通りを真っ直ぐ行って、右に曲がるとあるわ」


「そうか、ありがとう」


 少女に礼を言うと、隣の少年が表情をやや暗くして口を開く。


「でも、今は違う人がお店をやってるから、スミスさんの家じゃなくなってるけど……」


 アンナの両親が亡くなったのは一ヶ月ほど前。それなのにもう空き家が買い取られ、誰かが他の店を経営しているらしい。その店長に話を聞けば、何か情報が得られるかもしれない。


 すると、少女がおずおずと問いかけてくる。


「ねえ、おじさん。スミスさんのこと知ってるの? だったら、アンナお姉ちゃんのことも知ってる?」


 エレノアは思わず片眉を跳ね上げた。


 アンナお姉ちゃん、と親しみを込めて呼んでいるあたり、どうやらこの少女はアンナのことをよく知っているらしい。これは思わぬ収穫が得られるかもしれない。


「ああ、知ってるよ。僕はアンナさんが通っている学校の先生をしているんだ」


「「そうなの!?」」


 少年と少女の瞳がパッと輝く。この反応からして、少年もアンナの知り合いのようだ。


「アンナお姉ちゃん、元気? 全然帰ってこないから、僕、ずっと心配してたんだ。お父さんとお母さんが死んじゃったでしょ? だから、大丈夫かなって」


「お姉ちゃんは今どうしてるの? 賢い学校に通ってることは知ってるんだけど……私も心配で」


 二人からの無垢な問いに、エレノアはわずかに表情を強張らせた。どうやらこの二人は、アンナの顛末について知らないらしい。


 新聞には一連の報道が記載されていたが、貧しい家庭ならば新聞を買う余裕はないだろう。それに、大人たちは風の噂で知っていたとしても、子供らには真実を伝えない可能性が高い。アンナの死を受け止められるほど、彼らはまだ精神的に成熟していない。


 何と答えるべきか。この場で真実を伝えるのは残酷なように思えた。


「実は……アンナさんは今、学校に来てなくてね。その理由を知りたくて、彼女のことを調べにこの街まで来たんだ」


 嘘をつくのもそれはそれで心苦しいが、周囲の大人がアンナの死を子供たちに伝えていないなら、黙っておいた方が無難だろう。


「アンナさんは、どんな人だった?」


 アンナが学校に行っていないと聞いて心配そうな顔を浮かべていた二人だったが、エレノアがそう尋ねるとすぐに表情を明るくして誇らしげに答えた。


「アンナお姉ちゃんはね、学校に通えない私たちに、文字を教えてくれていたの!」


「お姉ちゃんはすごいんだよ! ゴミ捨て場に捨ててあった難しい本の内容もすぐに理解しちゃってね。いつかは学校で勉強してみたいって、いつも言ってたんだ」


 ここは学術都市ルムニア。ゴミ捨て場に行けば使われなくなった専門書が手に入る。それを拾い、独学で習得してみせるとは、やはりアンナは頭の出来が相当良かったらしい。


 実家が貧しくなければ学校に通えていただろうし、将来は大成していたかもしれない。


 金に困っていなければ、あんな事件も起こさなかっただろう。


 だが、いずれもタラレバな話だ。


「アンナさんの入学が決まる前、何かおかしなことはなかった? いつもと違ったこととか」


 アンナは学校に入学後、数ヶ月も立たずに事件を起こしている。ということはつまり、彼女は入学前の時点で黒幕と接触している可能性が高いのだ。


 子供たちは顎をつまみながら頭を捻り、一生懸命思い出そうとしてくれていた。二人ともアンナを心から慕っているのか、彼女のためなら惜しみなく協力してくれるようだ。


 すると程なくして、少年がハッと顔を上げた。


「あ! そう言えば、見かけないおじさんがアンナお姉ちゃんに話しかけてた! お姉ちゃんが学校に入学する三ヶ月くらい前……だったかな」


 少年の話に釣られ、少女の方も何か思い出したようだ。その目を大きく見開いている。


「ああ! あのおじさんね! しばらく二人で何か話してて……おじさんとバイバイした後、お姉ちゃん、学校に行けるかもしれないってすごく嬉しそうにしてた!」


(アンナを学校に推薦した人物か……!)


 アンナはロゼク国立高等学校に推薦入学している。少年たちの話に出てきた「おじさん」は、恐らく推薦人本人か、その関係者だろう。


 推薦人は、とある貴族であるということしかわかっていない。学校推薦やアンナへの資金援助などがすべて匿名で行われていたため、双子でも調べきれなかったのだ。


 しかし、その貴族がそれなりの地位にいることは推測できる。名門のロゼク国立高等学校に平民をねじ込むには、それ相応の権力がなければ不可能だからだ。相手は伯爵家か、あるいはそれ以上だろう。


 エイデンを脅した奴も、伯爵以上である可能性が高い。推薦人と同一人物であるなら、恐らくそいつが黒幕だ。


「どんな人だったか覚えてるかな?」


 エレノアの問いに、少年と少女は揃って首を横に振った。


「帽子を被っていて、顔がよく見えなかったんだ。でも、とても高そうな服を着ていたから、きっとどこかのお貴族様だよ」


「男の人だったのは確かよ。それは間違いないわ。おじさんというより、おじいさんって感じもしたけど」


 残念ながら、これだけの情報ではその男を辿ることは難しそうだ。しかし、二人が見た男の他にアンナへ接触した人物がいないのであれば、やはりその男が推薦人で間違いないだろう。


 兎にも角にも、まずは推薦人を特定し、病院との関係を調べるところからだ。


 子どもたちへの情報収集はここまでとし、エレノアは丁寧に礼を言ってから広場を後にした。

 

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