秋風に揺れ動く紫苑
「よろしくお願いしますっ! 去年も大量にやられて。畳もうかとも思ったのですが。お客様から励ましの言葉をもらい、頑張ろうと奮起しました。ですがその結果、また、」
禿げ頭で恰幅のいい梨農家の三十歳の男性、鶺鴒は顔を歪ませては、しかしと、語気を強めて言葉を紡いだ。
「正直、ぽっきり折れた私の心の音を確かに聞いたのですが。折れた心の奥底から這い出たのです。農作物泥棒ゆるすまじという怒りが。このまま泣き寝入りをしてたまるか。必ずやおまえたちが犯した罪の大きさを分からせてやる。叩き込んでやる。一生草取りの刑に処してやる。毎日毎日毎日草取りに明け暮れるだけの人生を送らせてやる。そう。なので、よろしくお願いしますっ! 農作物泥棒を必ずや捕まえてくださいっ! 竜洞さんっ!」
鶺鴒に深々と頭を下げられた竜洞――腫れぼったいまぶた、猫背で痩せ細った身体を重苦しい灰色のマントで覆う四十歳の男性――が、お任せくださいと言おうとした時だった。
竜洞の背後から、腹の底から吐き出していると分かるほどにそれはそれは大きな声が代わりに応えたのである。
竜洞がやおら振り返るとそこには、団栗眼に立派な眉毛と眉間の皺を持つ小柄の少女が立っていた。
「お任せくださいっ! 私たちが必ずや農作物泥棒を捕まえますっ!」
「お弟子さん、ですか?」
「いえ、違います」
「今から弟子入りを申し込むところです」
鶺鴒の疑問に竜洞と同時に答えた少女は、竜洞の前に立つと深々と頭を下げた。
「私の名前は紫苑っ! 応援団に所属している高校一年生っ! 農作物泥棒にやられて意気消沈している友達に元気になってほしいどうすれば元気になるかそれは農作物泥棒を捕まえるほかないと思いあなたの弟子入りを申し込みましたっ!」
「………うん。素晴らしい肺活量だね。次期応援団長は確実だね」
「いえまだまだ未熟者なので精進を重ねますっ!」
「しかも殊勝と来たもんだ。うんうん。日本の将来は明るいね。君のような若者が居るんだから」
「私の弟子入りを認めてくださいますかっ!」
「うん。それとこれとは話が別。農作物泥棒の捕獲なんて物騒な事は本職に任せてお帰りなさい」
「帰れませんっ!」
「素人に傍に居られる事ほど邪魔な事はない」
「っ」
やわらかい口調は変わらなかったが、竜洞の身に纏う空気が希薄なものから峻厳なものへと変わったように感じた紫苑。気圧されては噤んでしまったが、胸を反らせては鼻から思い切り息を吸い、口から吐き出すと同時に思い切り声を出した。
その瞬間。
複数の人間の悲鳴が鳴り響いた。
「交番に連れて行きます。現行犯です」
「ありがとうございますっ!」
いつの間に移動していつの間に五人の人間を気絶させて簀巻きにしたのか。
竜洞は地面に転がしておいた簀巻きの五人を軽々と持ち上げると、近くに置いておいた小型トラックの荷台に乗せた。
鶺鴒は荷台に乗せられた農作物泥棒五人を睨みつけた。
「くそお。こんな白昼堂々盗みを働くなんて。農家をなめくさりやがってゆるさんっ! 徹底的にやり合ってやるっ! だあれがおまえらに屈服するものかっ!」
「行きましょう」
「はいっ!」
「紫苑さん。応援団頑張ってくださいね。俺もこれからも農作物泥棒捕獲に全力を尽くすよ」
助手席へと向かう鶺鴒から視線を離し、紫苑へと向けた竜洞。柔和な笑みを浮かべて激励を口にした。
紫苑は竜洞の目を凝視したまま、勢いよく口を開けては、やおら閉じて、口を強く結んだのち、手を後ろに回して胸を反らせて、やわく口を開いた。
「はいっ! 応援団も勉学も頑張りますし友達の為に何ができるのか考え続けますっ! 友達と一緒にっ!」
「君の友達への気持ちはとても貴いけど、猪突猛進は控えるようにね。特に犯罪者に自ら立ち向かう事は絶対にだめ。犯罪者に立ち向かう術を持たない内はね」
「はいっ! 肝に銘じますっ!」
「うん。いい返事だ」
ひらり。
竜洞は紫苑に向かって手を振ったのち、車に乗って車を走らせてこの場を立ち去って行ったのであった。
「………友達の為、というのは本当ですが。友達の為だと思えば、あなたに話す勇気がもらえたのも、本当です」
紫苑の火照る頬を冷やすように、眉間の皺を治めるように、秋風が吹いたのだが、火照りも皺も深まるばかりであった。
「うう、やばい。やっぱり、かっこいいぃ」
(2026.9.10)




