うろこ雲と入道雲
武家屋敷を改修した古民家カフェにて。
クーラーの冷ややかな空気と武家屋敷ならではの粛然とした空気がゆるやかにたゆたい、気紛れに鉄製風鈴が音を鳴り響かせる中、遠くの山を借景として取り入れた日本庭園を大きな窓越しに眺めていた、漆黒の眼帯で左目を隠す青年、音羽は、ふと、視線を僅かに上げて青空を見た。
雨の気配すら感じさせない晴天。
かれこれ四十日は降っていないだろうか。
こんなにも湿度が高いというのに何故結水して雨となって降り注いでくれないのか。靄のように付き纏っているだけなのか。
悠々自適に雲が浮かんでは流れていく。
秋のうろこ雲と夏の入道雲が共に存在している不思議な空。
秋は近いのか。
夏と秋は共に在る事を選んでしまったのか。
であるとすれば、もう少し秋の気配も見せてはくれないだろうか。
夏の存在が強烈過ぎである。
音羽がぼんやりと見つめていると、声が聞こえた。
白い眼帯を巻いては両目を隠す男性の声。
師である叶翔の声だ。
だが、叶翔の声だという事が分かるだけで、何を言っているのかは分からない。
まるで水の膜が張られているみたいだった。
何を言っているかは分からない。
ただ、緊急性はない。それだけは分かった。それだけ分かれば十分だった。
「これは………当分こちらへは戻って来そうにありませんね。であるとすれば、」
幾度声をかけても反応を示さない音羽への声かけを止めた叶翔。妖怪対処の合間を縫って、わざわざ遠方のこちらに足を運んだ理由である、音羽が頼んだももパフェを店員から受け取ると、戻ってきたらまた頼めばいいですよねと微笑んで、叶翔が頼んだぶどうパフェと共に叶翔の前へと置き、スプーンを手に取ったのであった。
「ふふ。今度は栗パフェですね」
ももパフェから晴天へと視線を移した叶翔の視界に赤とんぼが過ったのであった。
(2026.8.21)




