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掌編小説シリーズ  作者: 藤泉都理
2026.8.
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2498/2532

逆旅-げきりょ-




 逆旅げきりょ

 旅人を迎え入れる宿泊施設を指す言葉である。






 人が声高に叫ぶ地方創生と地域活性化が功を為したのか。

 ひっそりと人の営みが消えて行くのではないかと思われた町で、にわかに人の往来が激しくなる中。

 ひょいひょいひょいっと。

 二十代の人の男に化けた九尾の妖狐、桃白とうはくは、桃のかき氷を食べながら軽やかに人の合間を縫い、お気に入りの場所へと向かった。

 その場所の名は、逆旅げきりょ

 人のみならず、人ならざる存在である妖もまた迎え入れる一風変わった旅館であった。






「おーおー。ここは何も変わってねえな」


 桃白が威風堂々たる門を抜けた先に見えるのは、建物ではなく、桃園。

 今が旬の桃の実が豊熟を知らせんと、清涼なるも甘やかな芳香を放っていた。

 桃白は勝手知ったるやと言わんばかりに、桃の実を掴んでは呆気なくもぎ取ると、皮のままかぶりついた。


「うまい」

「勝手に食べるなと言っているでしょう」

「あ、なんだ。まだ死んでなかったのか?」

「死んでいません」


 呆れ声に振り返れば、桃白の見知った顔があった。

 名を一水いっすいと言う人間の青年である。


「ん? しかしオマエ、なんか、大きくなったか?」


 桃白は桃白の一水を見る視線が以前よりも高くなったことに気付き、大きく首を傾げた。


「毎年不思議そうな目でぼくを見ないでくださいよ」

「毎年? 百年ぶりじゃないのか?」

「毎年。ですよ。それも毎年言っていますよね。あなたの時間感覚はどうなっているんですか?」

「大妖怪になるとそんなせせこましいことは考えねえの」


 ッガッガッガッと。

 およそ桃を食べる時に発せられることのない音を立てながら、あっという間に桃を食べ終えた桃白。種を入道雲とうろこ雲が同時に浮かぶ空に投げては受け取り、けどまあと、小ばかにするような笑みを浮かべては、顎を擦った。


「オレにはまだまだ届かねえけど。オマエ。何歳になったんだ?」

「十五歳ですよ」

「十五歳。はあ………ん? オレとオマエがこの逆旅で会ってから十年しか経ってないのか?」

「十年も経っているんですよ。はあ。まったく。まさかあれから毎年会うなんて思いもしませんでしたよ。叔母さん、いえ、女将さんは、当分会えないと言っていたのに」

「オレに毎年会えて嬉しいだろ」

「やれ川で魚釣りだ、やれ祭りで食べ物巡りだ、やれ森歩きで野草採りや虫獲りだ、やれ妖怪や人間をからかいに出かけようだと、勉強の邪魔をするので嬉しくありません」

「軟弱なオマエを鍛えてやっているんだ。有難く思え」

「おもちゃにしているの間違いでしょう」

「五歳から変わらんなオマエは。三つ子の魂百までと言うが。人間は本当に成長せんなあ。うん。背丈がちょびっと伸びただけであとは何も変わらん」

「あなたには言われたくありませんよ」

「あらあら。今年も一水さんに合わせるようにおいでになりましたね。桃白さん」

「女将」

「女将さん。今年もお世話になります。これ、母からです。女将さんが大好きな最中もなかです」


 淡い桃色の着物を身に纏った、この逆旅の女将でもある十代の女性、鬼灯ほおずきは、夏休みの間一か月間滞在する客でもあり甥でもある一水から風呂敷で包まれた最中を受け取り、常に浮かべている微笑みを桃白へと向けた。

 桃白は僅かに肩を跳ね上がらせた。


「桃白さん。勝手に桃を食べないでくださいと言いましたよね?」

「ふん。オレが加護を与えているからこんなに立派に実ってんだ。オレが勝手に食べてなにが悪い?」

「あら。逆旅に限らずこの地方は、私の夫の力のおかげで、何もかもが健やかに育っているのです」

「あんな放蕩烏が何をしてるってんだ?」

「あなたが自由奔放なおかげであちらこちらと駆けずり回っているのですよ。おかげで、蜜月とは程遠い生活を送っているのですよ」

「いいじゃねえか。烏天狗と結婚して、オマエの刻も十代のままで止まってんだからよ。蜜月とやらはこれから先いつでも味わえるだろ」

「あなたがしっかりしてくださったら、私は毎日でも蜜月を味わえるのですけどね」

「………あいつがそんなタマかよ」

「………そうですね。とても真面目な妖ですので、あなたは関係ありませんね。申し訳ありません。八つ当たりです。だって、あの方は、いつだってあなたの補佐を第一に考えているんですもの。恨み辛みをぶつけたっていいじゃありませんか」

「あいつの性格はオレのせいじゃないが、まあ。オレは大妖怪だからな。オマエの不平不満も寛大に受け止めてやろう」

「ありがとうございます。あともうひとつ忠告をさせてください」

「なんだよ?」

「大妖怪であるあなたに一線を引かない一水を気に入っているのはとても分かっているのですが、一水の勉強の邪魔だけはしないでくださいね。一水からもう我慢できないと申し出があったら、あなたと言えど、問答無用で追い出します。私、女将ですから。できることはご存じですよね?」

「へえへえへえ。分かりましたよ。勉強の邪魔はしませんよ。勉強の邪魔はね」


 ひどく傲岸な笑みを浮かべる桃白に、嫌な予感しかしない鬼灯。一水に何か変なことをされたらすぐに私に言うのですよと言った。

 はい。

 一水は至極真面目な顔で返事をした。


「でも大丈夫ですよ。女将さん。おかみさんの手を煩わせません。この十年、桃白と接する中で、いなし方も身に着けましたから」

「ええ」


 鬼灯は初めて会った五歳の頃の一水より成長している姿と、変わらぬ姿を見て目を細めた。


(私が桃白の補佐役を務めながら逆旅を営む烏天狗の夫に嫁いでから五年後。姉が一人息子の一水を連れてここに来た。五歳だったけど、しっかりしていた。シングルマザーの姉を助ける為に、幼いながらもしっかりしないとって思っていたのよね。お金を稼ぐ為にも、世界と渡り歩く為にも、いっぱい勉強をして姉を助けるんだって………だから。まあ。桃白の存在が有り難いと言えば有難かったのよね。私は旅館の女将として忙しかったし、姉も仕事で忙しかったし、桃白が一水のガス抜きしてくれたのは、本当に。有難いけど………一水が桃白に変に執着されないといいけど)


 鬼灯が微笑みを絶やさぬまま力を込めて桃白を見つめると、桃白はその視線の意味を知ってか知らずか、流麗な笑みを鬼灯に向けたのであった。


(………まあ、悪い妖では、ない、から。ええ。それにここは、妖と人間の世界がそれぞれくっきりはっきり分かたれている都市ではないし。良くも悪くも混沌の地方だからこそ。共に生きることもできている。だから)




 大切な甥っ子を泣かせたら容赦しませんよ。

 肝に銘じておく。




「何か言いましたか? 女将さん。桃白」

「いいえ」

「いいや」











(2026.8.20)




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