藤の牢
「『カクヨム』の自主企画「【第9回 条件作文】 指定された文章を用いて短編物語を作って欲しい!」参加作品です」
以下が条件作文です。
【その日、私は幽霊を見た。
そこに確かに佇んでいて、どこでもないどこかを見つめているようだった。
それでも私にできることは限られていて、ただ見守ることしかできなかった。
秒針すら動くことを憚られるような空間の中で、私と幽霊は果てしなく長い一瞬を共にした。】
その日、私は幽霊を見た。
そこに確かに佇んでいて、どこでもないどこかを見つめているようだった。
それでも私にできることは限られていて、ただ見守ることしかできなかった。
秒針すら動くことを憚られるような空間の中で、私と幽霊は果てしなく長い一瞬を共にした。
あの幽霊は私だ。
確信めいたものが膨らんでは、事実として心身に落とし込まれた。
何者でもなかった私。
幼い子どもで、孤児で、人身御供として神に召されるはずもなかった私。
きっと、神に召されることのなかった私は腹を空かせて死んでしまったのだろう。
両親も兄弟も親戚も居ない幼き子どもだ。
よほど強い生きる力がなければ、生き残ることは叶わないだろう。
死んで、けれど、成仏もできず彷徨う内に神となった私の元へ辿り着いたのだろうか。
人身御供として神に召されて、めでたくも神になった私を疎んでいるのだろうか。
おまえだけが何者かになっているなど赦せない。
そう、糾弾しているのだろうか。
それとも、私の中に還りたいと嘆いているのだろうか訴えているのだろうか。
もしくは、
可哀想だと哀憫の情を傾けてくれているのだろうか。
どこでもないどこかを見つめている幽霊である何者でもない私。
私の居場所はここではないのだろうと伝えてくれているのだろうか。
神のくせに何をそこで閉じ込められているのかと詰っているのだろうか。
私を見てくれないので、分からない。
めでたくも神になった私は今、藤の牢に閉じ込められている。
神の力を独り占めしたい村長によって、いついつまでも咲き匂う甘美な藤の花の牢の中で、静かに息をしている。
何者かになった私はけれど、誰も彼もから羨望の眼差しを向けられることはなかった。
ただ、利用価値があると判断されただけ。
ただ、同じ生物ではないと判断されただけ。
どちらが、
詮無きことを考える。
どちらが、よかったのだろう。
空腹で息絶える孤児。
空腹知らずで利用され続ける神。
詮無きことだ。
薄く笑い周囲を見渡す。
淡紫、紫、淡紅、白。
瞳に映るのは、藤の花だけ。
窓があるのかどうかすら分からない。確かめたことすらない。
空を見てどうなるというのだ。
地を見てどうなるというのだ。
私は何者かになった、神になった。
ならば、神として生きて行くだけだ。
誰かを幸福にできるのならば、それはそれは神として誇らしい生き方ではないのか。
我欲を満たしてくれるのならばこれほどの幸福はない。
そう言ってくれるのならば、
神の力をたった一人のために使ってもいいのではないだろうか。
その日、私は幽霊を見た。
そこに確かに佇んでいて、どこでもないどこかを見つめているようだった。
それでも私にできることは限られていて、ただ見守ることしかできなかった。
秒針すら動くことを憚られるような空間の中で、私と幽霊は果てしなく長い一瞬を共にした。
神様。
私を呼ぶ声がする。
か細い声。
命の灯火が消えようとしている声。
私の声。
私たちの声。
「かみさま」
差し伸ばされた小さくか細い手を注視しては、私はおもむろに立ち上がろうとしたが、足がもつれて身体が勢いよく前に倒れ、石畳に顔を盛大に叩きつけてしまった。
「………いたい。痛いんだ」
ふはっ。
思わず笑みを零してしまった私は、石畳に置いた手に力を入れては起き上がり、差し伸ばされたままの小さくか細い手に向かって手を伸ばしたのであった。
(2026.4.25)




