花筏
手に触れられるものならば何でもよかった。
土の上でも、建物の側面でも、橋の下でも。
まるで水上のように、その筏に乗れば櫂で漕いで進められた。
筏や櫂を動かすその行動で物質が傷つけられることはなかったが、その上に乗っている者が何かよからぬことをしでかすのではないかと危惧したので、監視役が同行することとなった。
世界に一つしかない不思議な筏は、世界で一人しか操作できなかった。
名を、いかだという。
まだ、子どもと呼べる年齢であった。
そして、同行者の名は、すぐる。
チューリップ型の機械人形を通して、いかだを監視していた。
目的地はあるのか。
どこからともなく死ぬまで漕いでいたい。
ただ、水はあまり好きではないので近づきたくない。どうしても水しかない時は、我慢するけど。
すぐるが監視役に抜擢されて、初めていかだと対面した時に問えば、そう答えられて、長い旅になりそうだと思ったものであった。
灰色の土の上。
こげ茶の木の側面。
黄色の花の上。
赤い鉄橋の下。
確かに、言葉通り目的地もなく、櫂で漕いで筏を進める。
ふらふら。
のらりくらり。
歩いた方がいいんじゃないか?
食事も就寝も筏の上。
風呂と厠には流石に降りるが、歩くのはその時だけ。
立ちっぱなし、座りっぱなし、寝転びっぱなし、時たま、歩く。
健康によくないのでは。
すぐるは提案してみたが、いかだは聞く耳を持たなかった。
そうか、まあ、言ってみただけだしな。
思うだけで心配するには至らなかったので、一度しか言わなかった。
飴色の砂の上。
深緑の苔の側面。
白色の花の下。
青色の凸凹の瓦礫を上ったり下ったり。
形も色も大きさも変幻自在らしい筏は、けれど、すぐるが対面した時からずっと、透明のまま。
若竹を一本まるまる引き抜いたような櫂で漕ぐ、やさしく、ゆったりとした動きは、生身の人間にはどんな振動を与えただろうか。
花豆一個ほどの濃紫の花。
落花生二個ほどの薄紫の花。
大きな川のように先が見えないほど広大な紫の花畑の上。
いかだが漕いでいなくても、凪いでいても、筏はゆったりゆったりと進んでいた。
機械では捉えきれない風のおかげか。
機械では捉えきれない土の蠢きのおかげか。
機械では捉えきれない花の呼吸のおかげか。
機械では捉えきれない地球の傾きのおかげか。
ゆったりゆったり。
すーすーすーすー。
あくびが出たのは、いかだが眠っている所為だ。
あーあ。
と、
つい口に出てしまったのは。
まあ、色々だ。
(2021.3.7)




