一か八か
「一か八か」
「おい」
「一か八か」
「おい」
「一か八か」
「おーい」
「一か」
「もしもーし」
「八か」
とある平日、とある小さな建物の中。
険しい顔で「一か八か」を呟き続ける少女に話しかけていたおっさん。
最初は和ませようと気楽に話しかけていたが、一向に反応を返さない現状では埒が明かないと踏んで、低音で、覚悟は決めてきたはずだろうと言った。
少女は肩を鳴らして、おっさんに初めて視線を合わせた。
おっさんは厳かに頷いた。
少女もまた、険しい顔のまま、静かに頷いてのち、「一か八か」以外の言葉を放った。
翌日。
前日の険しい顔はどこへ消え去ったのか。
へらりへらりと笑ったまま教室の中に入った少女を包んだのは、大爆笑の渦だった。
クラスメイトは少女に向かって、変な髪型だと、腹を抱えながら言った。
おかしいでしょう。
少女はいやー失敗しちゃったーと笑いながら、内心、しめしめとほくそ笑んだ。
これだけクラスメイトが笑っているのだ。
これならあの人も。
少女が席に着いて、ランドセルから教科書を机の中に入れている間も、笑いは止まないばかりか、音量がますます上がっていく。
そんな中。
少女は息を詰めながら、眼球を右から中央へとゆっくり動かした。
静かに教室に入ってきたその人の。
先生の表情を見逃さない為に。
先生は、そのまま静かに教壇の前に立って、静かに、席に着きなさいと告げた。
大声を上げたわけではない。
大爆笑の渦に包まれているこの教室では前にいる生徒にだって届きそうにない音量にもかかわらず、後ろにいる生徒にまで鮮明に届き、なおかつ、生徒はピタリと口を閉じて、席に着いた。
先生が怒ったことは一度もない。
けれど、クラスメイトは怖いと先生を恐れる。
表情を一度も変えたことがないから。
笑ったことがないから。
今も、友達の髪型を笑うものではありませんと淡々と注意している。
クラスメイトは、小さく、けれど明確に、はいと返事をする。それから、少女の名を呼んで、ごめんなさいとも謝る。
謝らなくていいのに。
笑ってほしかったんだから。
クラスメイトにも。
先生にだって。
言えないまま、曖昧に頷いたら、朝の読書の時間を知らせるチャイムが鳴った。
これから十五分間は、好きな本を読む時間だ。
外見じゃ無理か。
やっぱり、話術を磨かないとだめかなー。
前髪も後ろ髪も、八の字なるように髪型をセットしてもらった少女は、落語の本を読んでみようかなーと思いながら、先生が何を読んでいるのか見た。
題名は読めない漢字でわからずに、頬を思いっきり膨らませた。
(2021.1.8)




