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俺はAI漫画家さ  作者: 白滝さとる


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7/11

第七章 二年後の世界

 アキが北京ダックを楽しむ隣で、さとるは店の入口へ目を向けた。


「ところで、AIの会社の方は……」


「少し遅れると連絡があったのですが……」


 陸も入口を振り返り、言葉を止めた。


「ああ、ちょうどいらっしゃいました」


 店員に案内されて、濃い色の上着を着た男が近づいてきた。四十代ほどに見えた。スマートフォンで短い返信を済ませ、それをしまってから、こちらへ手を差し出した。


「遅くなりまして、申し訳ありません」


 陸が立ち上がり、紹介した。


「ロボティクスAIのCOO、陳濤です。私の高校時代の同級生なんですよ」


 陳濤――チントウ。


 AI技術で急速に存在感を増している会社の、最高執行責任者だった。


 さとるも立ち上がり、差し出された手を握った。


「初めまして。白滝さとるです。お忙しいところ、ありがとうございます」


 挨拶のあとは、陸が通訳を引き受けた。


 席に着いた陳は、茶をひと口飲み、ようやく息をついた。


「AIバブルだと言われていますが、少なくとも、忙しさだけは本物です」


「今日は、仕事を増やさないようにします」


「それは助かります」


 陳は笑い、茶碗を置いた。


「私に、聞きたいことがあるそうですね」


「はい。単刀直入に伺います」


 さとるの前には、まだほとんど手をつけていない料理があった。


「これから先、AIの開発で先頭に立つのは、どの会社だと思いますか」


 アキが顔を上げた。


「いきなり、そこから聞くの?」


「俺は、いちばんうまい絵が欲しい」


 迷いのない返事だった。


「だから、いちばん先の技術を知っておきたい」


「コマから、別のAIに替えるの?」


 さとるはアキを見た。


 先ほどまでの、からかうような声ではなかった。


「使うAIは変わるかもしれない。でも、コマを置いていくわけじゃないよ」


「そうなの?」


「一緒に考えた話も、何度もやり直した記録も、全部持っていく。それを引き継いで、今まで描けなかったものを描けるようにするんだ」


「じゃあ、コマはコマのまま?」


「ああ。もっと腕のいい相棒に成長するだけさ」


 アキの表情が和らいだ。


「俺は、もっと面白い漫画を作りたい。だから、俺もコマも、ここで満足するつもりはないんだ」


 陳は、陸の通訳を最後まで聞いていた。それから、面白そうにさとるを見た。


「ずいぶん、欲張りな方ですね」


「ようやく漫画家になれたんですから。描きたいものは、まだまだありますよ」


「なるほど」


 陳は椅子に座り直した。


「では、私の見立てをお話ししましょう。確定した未来ではありませんが」


「今、この競争の先頭にいるのは、アメリカの企業です」


 陳はそこで、一度言葉を切った。


「ただし、二年後もそうだとは限りません」


「二年後?」


 さとるが聞き返すと、陳は頷いた。


「私たちが今、入手に苦労しているのは、最先端の半導体です。AIを学習させるにも、動かすにも、大量の計算が必要ですから」


「アメリカの半導体輸出規制ですか」


「ええ。必要なだけ手に入れられるわけではありません。作りたいAIがあっても、計算する設備が足りない。それで失う時間は大きい」


 陳は指を二本立てた。


「提携する半導体メーカーと、新しい半導体の開発を進めています。順調にいけば二年で、私たちの計算設備を大きく増やせる」


「では、二年後には追いつく?」


「その可能性はあります。ただ、それだけなら、アメリカも同じ二年間で先へ進みます」


 二本の指のうち、一本が折られた。


「問題は、その前です。私は、早ければ一年後、アメリカ側の開発を鈍らせるほどの壁が現れると見ています」


 アキも箸を止めた。


「壁?」


「電力です」


 さとるは少し身を乗り出した。


「AIの計算設備を増やせば、それを動かす電力も要ります。ところが、発電所や送電設備は、同じ速さでは増やせません」


「機械はあるのに、動かせない?」


 アキの問いに、陳は頷いた。


「ええ。今の勢いで設備が増えれば、早いところでは一年ほどで、電力の供給が追いつかなくなる。私はそう見ています」


「世界一のAIでも、電気がなかったら駄目なんだ」


「ええ。そこは、とても正直です」


 陳は笑った。


 だが、さとるは笑わなかった。


 一年。


 二年。


 頭の中で、二つの数字を並べていた。


「半導体を確保した中国の企業が、電力で足を止めたアメリカの企業を抜く。そういう見通しですか」


「そこまで単純なら、ありがたいのですが」


 陳は首を振った。


「相手も、黙って待ってはいません。国内で電力が足りなければ、国外に計算拠点を置く方法もある。たとえば、オーストラリアなどの電力会社や事業者と組むことも考えられます」


「電力を確保できる場所へ、AIを動かす設備を持っていく?」


「そうです。計算する場所まで、アメリカ国内である必要はありませんから」


 さとるは腕を組んだ。


 どの会社のAIを使えば、もっといい絵が描けるのか。それを聞きに来たはずだった。


 だが、その答えは、海の向こうの半導体工場や、まだ建っていない発電所にまでつながっていた。


「新しい半導体、電力の確保、少ない計算で同じことをする技術。どこで突破口が開くかによって、結果は変わります」


「中国が勝つと、決まったわけではない」


「ええ。私たちは勝つつもりで働いています。ただ、競争相手も同じでしょう」


 陳はそこで、ようやく料理へ箸を伸ばした。


「ほかにも、聞きたいことはありますか」


「あります」


 さとるは即座に答えた。


 スマートフォンを取り出し、制作途中の原稿を開く。画面を陳へ向け、隣り合う二つのコマを指で示した。


「絵を作る速度が上がるのはありがたい。でも、俺が欲しいのは速さだけじゃない」


 同じ少年が描かれていた。


 正面を向いた顔と、振り返った顔。髪も服も同じなのに、振り返ったほうだけが、少し大人びて見えた。


「同じ人物を百コマ描いて、百コマとも同じ人間に見せられますか。髪型や服だけじゃない。表情が変わっても、角度が変わっても、読者が迷わないくらいに」


「そこ、いつも直してるもんね」


 アキが画面を覗き込んだ。


「ああ。一枚だけきれいな絵が作れても、それだけじゃ漫画にならない」


 陳は箸を置いた。


 通訳を聞きながら、二つのコマを見比べていた。


「以前に比べれば、かなり改善しています。同じ人物を保ったまま、違う構図や表情を作ることもできます」


「完璧に?」


「いいえ」


 返事は早かった。


「長い作品になればなるほど、細かな違いは出ます。それに、どこまでを同じ人物と認めるかは、作者によっても違う。今はまだ、人間の確認と修正が必要です」


 さとるは小さく頷いた。


「その答えのほうが信用できます」


「私も、できないことまでできると言って、漫画家に嫌われたくはありませんから」


 アキが吹き出した。


「賢明です」


「アキ」


「だって、さとる細かいもん」


「細かくなきゃ漫画は作れないんだよ」


 陸が訳すと、陳も笑った。


「参考になりましたか」


 さとるは、もう一度、画面の原稿へ目を落とした。


 直したいところは、まだいくつもあった。


 今日のサイン会でも、早く続きを読ませてほしいと言われたばかりだった。


「ありがとうございます。アメリカで確かめたいことが増えました」


 アキが彼を見た。


「じゃあ、予定どおり?」


「ああ」


 さとるはスマートフォンをしまった。


「今、先頭にいる会社の現場を見たい。二年後の一番を待つより、今使える最高の技術で描きたいんです」


 陸の通訳を聞くと、陳の口元に笑みが浮かんだ。


「二年は、待っていただけませんか」


「二年も待ったら、その間に漫画が何冊出せると思います?」


 陳は声を上げて笑った。


「中国まで来て、アメリカへ行く決心を固めて帰るわけですね」


「その代わり、もっといいものを作ったら、呼んでください」


 さとるも笑った。


「すぐに、また来ます」


 陳は改めて手を差し出した。


「その言葉、覚えておきますよ」


「こちらこそ」


 握手をする二人の横で、アキが口を開いた。


「そのときも、北京ダックはお願いします」


 店を出るころには、街はすっかり夜の色になっていた。


 アキは満足そうに、お腹へ手を当てた。


「おいしかった」


「よかったな」


「さとるは、話ばっかりだったね」


「大事な話だったから」


「知ってる。でも、食べないから、私がいっぱい食べちゃった」


 悪びれる様子もないので、さとるは笑ってしまった。


 アキが、彼の腕へ自分の腕を絡めた。


「じゃあ、次はアメリカだね」

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