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俺はAI漫画家さ  作者: 白滝さとる


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5/11

第五章 Goodbye, Japan

 記者会見場は、始まる前から勝敗が決まっているような空気だった。


 前列ではフジノヤマテレビの記者が、隣の記者と小声で話していた。


「今日は、さすがに威勢のいいことは言えないでしょう」


「何と言っても、もう描けないわけですからね」


 笑い声が漏れた。


 後方の席で、MNGテレビの若い女性記者が、膝の上の資料を握り直した。


 資料の間には、漫画の単行本が挟まっていた。


 彼女は、その表紙が見えないようにした。


 定刻になった。


 扉が開いた。


 さとるは明るい色のジャケットで現れた。


 足取りは軽かった。


 壇上に立ち、ずらりと並ぶカメラを眺める。


「今日は、ずいぶん集まったね」


 笑う者は少なかった。


 司会が説明を終えると、真っ先にフジノヤマテレビの記者が手を挙げた。


「今回のAI漫画規制法によって、今後、日本国内では従来どおりの制作活動ができなくなります。この点を、どう受け止めていらっしゃいますか」


 さとるはマイクを引き寄せた。


「今後を考えると、本当に残念で、悲しいですね」


 会場の何人かが、顔を上げた。


 ようやく殊勝な言葉が出た。


 そんな期待が、会場の空気をわずかに動かした。


「これまでの過激な発言について、後悔はありますか。結果として、ご自身の未来を閉ざしてしまったわけですが」


「悲しいのは、俺の未来じゃないよ」


 さとるは、記者を見た。


「日本の漫画界の未来だ」


 キーボードを打つ音が止まった。


「新しい道具が出てきた。問題があるなら、使い方を考えればよかった。ところが、自分た ちの場所を守るために、道そのものを塞いだ」


「既存の作家を保護する必要も——」


「保護と、選択肢を奪うことは違うでしょう」


 さとるは、少し身を乗り出した。


「これからAIの絵は、もっとよくなる。もっと速く、もっと細かく、人間の意図に応えるようになる。なのに日本は、その可能性を自分から捨てる」


「人間が描くことに価値を感じる読者もいます」


「いるでしょう。手描きの素晴らしい漫画だって、残るに決まってる」


 そこで、さとるは一度言葉を切った。


「でも、人間が描いたという理由だけで、読者がつまらない漫画を選び続けると思いますか。面白い作品がほかにあるのに、制作側の都合に付き合ってくれると思う?」


 フラッシュが光った。


「読者にまで、俺たちの苦労を尊敬しろと強要する。それは人間のエゴだよ」


 記者が口を開きかけた。


 さとるは続けた。


「予言します。数年後、日本の漫画界は、もう一度AIを使おうと言い始める。世界の読者が別の場所へ行ってから、慌てて扉を開けることになる」


「ですが、白滝さん」


 フジノヤマテレビの記者は、笑みを残していた。


「そのころまで、あなたのお仕事があるでしょうか。少なくとも、あなたご自身の未来も閉ざされた。違いますか」


 さとるは背筋を伸ばした。


「私の未来は、閉ざされていません」


 言い切った。


「私は、拠点を海外へ移します」


 会場がざわめいた。


「アメリカとヨーロッパの制作会社とは、すでに話をしています。今後は世界を回りながら、漫画を作る」


「国外へ逃げる、ということですか」


「仕事をしに行くんです」


 即答だった。


「漫画は、日本の中だけで読まれているわけじゃない。読む方向も、画面の使い方も、国や媒体で違う。右から読む人もいれば、左から読む人もいる。ページをめくらず、縦に読み進める人もいる」


 さとるの声が、少し弾んだ。


「同じ場面でも、伝え方を変えれば、届き方が変わる。そういう場所で、自分の漫画を試したかった。ずっと前からね」


「今回の法律は——」


「背中を押してくれた。それだけです」


 後方で、手が挙がった。


「MNGテレビです」


 若い女性記者だった。


 立ち上がった拍子に、膝の資料から単行本が滑り落ちた。


 彼女は慌てて拾った。


 さとるが、その表紙を見た。


「どうぞ」


「私は……」


 記者は唇を結び、一度、息を吸った。


「私は、あなたの漫画のファンです」


 会場の空気が揺れた。


「記者として、適切な言い方ではないかもしれません。でも、どうしても聞きたくて」


 声が震えていた。


「もう、日本では、あなたの漫画を読めないんでしょうか」


 さとるは、すぐに答えなかった。


 彼女の手の中の本には、何枚も付箋が挟まっていた。


 表紙の端が、少し白くなっている。


「漫画は、世界中で読まれている」


 今度の声は、先ほどより低かった。


「日本で俺の漫画が読めなくなったら、海外へ来て読めばいい」


 女性記者の目が潤んだ。


 さとるは、マイクから顔を離しかけて、戻した。


「……本当は、こんなことを言わずに済むのが、いちばんいいんだけどね」


 会場は静かだった。


「俺は、描くのをやめないよ」


 記者は何度も頷いた。


「絶対に、読みに行きます」


 涙をこぼさないように、顔を上げる。


「頑張ってください」


 さとるは、初めて会見場で、力を抜いて笑った。


「ありがとう」


 会見終了が告げられた。


 記者たちが一斉に立ち上がった。


「最後に、日本の読者へ一言!」


 さとるは出口で足を止めた。


 振り返り、片手を上げた。


「Goodbye, Japan」


 その映像は、何度も放送された。


 だが猿山が自宅のテレビで見つめていたのは、その直前の顔だった。


 読者へ「ありがとう」と言ったときの顔。


 あの写真の青年と、同じ顔だった。


 机の上には、読み終えた『大きな第一コマ』が全巻積まれていた。


 猿山は翌朝、規制の見直しを求める声明を書いた。


 自分が成立を後押しした法律だった。


 撤回を求める彼の言葉は、以前ほど歓迎されなかった。


 記事は小さかった。

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